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日本における先土器時代(縄文以前)の集落について

Posted By kato On 2006年11月21日 @ 11:24 PM In C 1 採集生産と狩猟生産 | 2 Comments

 縄文以前の日本にはどのような人達が暮らしていたのだろう?
 先土器時代と呼ばれるこの時代、日本においてはナイフ形石器や細石刃を用いた人達が少なくとも約3万年前には生活していた(岩宿遺跡が有名)。
 彼らは当時地続きであったシベリアからマンモストナカイ等の大型獣を追ってやってきたらしい。なんか日本でもギャートルズのような世界が繰り広げられていたかと思うと感慨深いが、ゴン(ギャートルズの主人公)のように1家族だけが孤立して生活していたわけではない。
マンモー↓
[1]


日本社会システムの起源 [2]」によると、この頃の集落規模の考え方については大きく2つの考え方がある。

「近藤義郎」説
先土器時代の遺跡における遺物の散布範囲が小さいことをふまえて、集団の構成単位が規模の小さいものであることを推定。3つ程度の隣接する小単位で血縁性の高い集団が単位集団として存在したというもの。
「春成秀爾」説
小遺跡とともに大遺跡が同時に存在していると推定。小遺跡は一つの単位集団によって構成されものであり、いくつかの小遺跡は、大型動物などの狩猟のため季節的で一時的な野営地となった場所であるとみなすもの。

 先土器時代の集落がどのような規模であったかを考えるには当時の外圧状況を知る必要がある。
 鋭い石器を利用した槍を持っていたとはいえ、弓矢を持たない彼らにとって、大型獣を追う狩猟生活の自然外圧の高さはかなりのものであったろう。
 3家族程度の男達でこんなのを倒すのは不可能に近い…と思う。
こんなの(牙折れマンモー)↓
[3]
寒冷期とはいえ、肉の保存にも限界があったろうし…。
マンモー肉↓
[4]
 おそらくシベリアからマンモスを追ってやってきた彼らはある程度まとまった規模を持つ集団だったのではないか。
 しかし、ヤンガー・ドリアス寒冷期(1.3~1.1万年前)が終わり、大型獣が日本列島から姿を消すにつれ、温暖化に適応して栗やドングリ、魚貝を採集する小集団に移行して行ったのかも知れない。
 
 
[5]
マンモー肉を私も食べて見たいと思う人はポチっと。


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[2] 日本社会システムの起源: http://washida.net/genko/socsys.html

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