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2007年01月07日

チベットの一妻多夫婚 ―父系制の特殊形態―

チベット社会には多様な婚姻制が存在しているが(ナシ族やモソ人も大きくはチベット高原の諸部族)、ネパール山岳地帯に住むチベット族(日本ではシェルパ族が有名)の中には、世界的にも珍しい一妻多夫婚の種族が存在します。
(参考:川喜田二郎著『ネパール王国探検記』1957年)

チベット族は農耕・牧畜民で、チベットさらに中国とヒマラヤ以南を結ぶ商業民族でもある。
モンゴル遊牧民が父系一夫多妻婚であるのに対して、何故半農半牧の定住民チベット族は父系の一妻多夫婚になったのだろうか?

一妻多夫婚とは、具体的には兄弟一妻婚または叔父甥一妻婚(希に実母でなければ父子一妻婚もありうる)で、兄弟や叔父甥が共同で一人の妻を娶るというもの。

一般的には兄が結婚すれば弟たちは兄の妻を共有するという形で一妻多夫婚になるが、主な夫が一人いて(アクセントのある夫といってはじめは長男)、家長の地位が兄から弟に移動するに従ってアクセントも弟に移っていく。

弟たちは、兄とは別のお嫁さんをもらうケースも多いが、その場合は弟の妻と兄とは関係することができず、なおかつ十中八九まで弟夫婦は分家しなければならない。そうして分裂してしまった家族は実際非常に多く、そのような一夫一婦制家族が数的には多数を占めている。

ただあくまで氏族の本家は、一妻多夫婚で血筋を絶やさないようにしている。従って、本家に男子の継承者がない場合は、例外的に婿入り婚もあり、この場合は一夫多妻=姉妹一夫婚になる。

一妻多夫婚は、家財や労働力の分散を防ぐためと考えられているが、貧乏な層に限らず、上流階級の中にも、商業に盛んに従事する連中にもしばしば一妻多夫の例が多く見られることから、背後に氏族の本家筋を絶やさない意識が働いているようだ。

★しかし弟が妻をもらったら何故分家しなければならないのか?、何故本家に止まって協力できないのか?、という疑問が残る。

分家しなければ、親夫婦、兄夫婦、そして弟たちの夫婦が同居することになるが、そうなれば、嫁同士が不仲で、両雄合い並び立たないところに原因があるようだ。

実際、チベット人の主婦は豪傑で、強い権力(家長より嫁の方が幅を利かせている)、人に譲らない強い個性を持っているのである。家長が兄から弟に移るとき、家政を牛耳る主婦権も弟の妻へバトンを渡すことになるが、兄の妻がおめおめと権限を渡すなんてことは考えられない。そんなことをおくびに出しただけでも、二人の女はとっつかみ合いをはじめ、家具は蹴り倒され、目も当てられない光景が展開するのである。
それほどにチベットの嫁たちは、傲岸不遜、独立自尊の性格の持ち主なのである。

勿論、このような性格は女ばかりでなく男も同様だが、男たちは個人の能力評価を素直に是認し、有能者をリーダーに押し立てることによって、家族的協力の生産力を高めようとするのである。それをスムースに推し進めるにはお嫁さんの共有しか解決方法がなかったことになる。

これが一妻多夫婚の成立理由であり、ある意味父系制に転換したがゆえの女の私権意識(縄張りを巡って互いを排除する意識)の極限的形態ともいえる。
一方で女の過剰を生む(未婚のまま、ラマ尼になるものもいる)弊害もあり、父系制の中でも特殊な形態といえよう。

このようなチベット人の思想は、能力主義――祖父の代から先の祖先崇拝を持たず、長男に限らず能力あるものに家督を継ぐ、壮を尊ぶ――であり、
同じ父系制でも中国の家父長権――祖霊信仰や長子継承で安定化、老を尊ぶ――とは異なっている。
また、商業民であることから個人主義的で、貸し借りの観念が発達しており、何事もお金で片をつける側面(ex.相互扶助ではなく雇用労働制が発達)も併せ持っている。

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チベット(族)の婚姻形態は多様 from 峯川満章

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comments

 「一妻多夫婚」というのは貧しい地方で、1人では妻を養えない部族の風習だと思っていたのですが違ったようですね。

 女の私権意識の高まりが一妻多夫婚を生むというのは以外でした。

  • りんいちろう
  • 2007年01月09日 22:38

コメントありがとうございます。
一妻多夫婚の最大の疑問は、余った女をどうするのか?だったのですが、
というのも、女を婚姻制から外すというのは、生物としてあり得ないわけです(男はあり得る)。
また、食えないほどの貧困下にあるとしても同様で、一部の女を切り捨てるなんてこともあり得ないわけです。

ですから一妻多夫婚を採ったということは、結婚しない女も食える社会基盤があった上で(ex.ラマ尼になる以外にも、未婚長女と末弟が分家するなど)、女の最大役割である生殖を担えない者が出てきても良しとする状況判断があったことになります。

それが女の(勿論男にもある)強力な私権意識で、そのような競争を良しとする思想だと思われます。能力主義も個人主義も貸し借り観念も同根です。

ただこれが行き着くところは一夫一婦制になるわけですが(実際大多数のチベット族はそうなっていく)、一妻多夫婚が残っているということは、氏族制度(いわば集団原理)が個人主義に侵食されつつ残っている姿ともいえます。

ともかく、父系制の中でも(父系制に起因する)極端なひずみを孕んだ形態だと思います。だから世界でもごくまれにしか見られないのだと思われます。

  • 2007年01月10日 00:56

チベット民族の婚姻は父系、母系なのではなく家単位なのですね。民族の歴史がこうさせたのでしょうか?

  • 樽本 潮
  • 2007年03月05日 13:33

家を守るために種々の婚姻形態をとらざるをえなくなったその歴史的背景を考えてしまいます。また、そうしてでも生き残ってきた逞しさを羨ましいとも思います。

  • 樽本 潮
  • 2007年03月05日 13:42
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