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モソ人(族)の婚姻形態について

Posted By yuji On 2007年1月22日 @ 11:09 PM In 未分類 | 3 Comments

以前にこのブログでも紹介されていますが、中国雲南省の女儿国、と呼ばれる人口約1万人のモソ人(族)の婚姻形態である「走婚」について、紹介したいと思います。中国雲南省納西(ナシ)族、摩梭(モソ)の母系社会を訪ねて [1]より
インタビューをもとに、実際に「走婚」をしている人たちの実感が書かれており、モソ族の母系社会の一端を見ることができます。

1、走婚はどのように行われるのか。
Aさんは、友人の紹介で知り合った男性と何回か会っているうち、性格が合っているとわかって、22歳のとき、走婚を始めた。はじめは、阿都がこっそり自分の部屋に通ってきて、家族には秘密にしていた。妊娠5か月ぐらいになったとき、感づいた母に聞かれて話した。自分からは言おうと思わなかったが、聞かれたので、詳しく話した。母にすっかり話して以来、阿都は母屋に来るようになった。最初に母屋に来たとき、お土産をたくさん持ってきて、先祖を祭る祭壇(写真3)に供えた。こちらもご馳走してもてなした。

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Cさん(56歳)に、阿都が訪ねてこないとき、不安ではなかったかと尋ねたら、薄暗い家に外の光が細く射し込む、松の皮を並べた屋根のすきまを見上げながら、「いつも明るいところから下りて部屋に入ってくると信じていたから、寂しくなかった」、とのロマンチックな答え。「モソの女性は一生待っている、だから、阿都が来たとき、いちばんいい状態で会えるのだ」とも。縛られない、待つだけの関係の不確かさから、他の女性のところへいってしまったのではないかと心配はしなかったかと、つい、余計な質問もしていまうと、「他の女性の所へ行ったのなら、それは彼の選択だから、それはそれでしかたがない」と。潔いというか、淡泊というか、立派な答えである。
また、女性が、待っている阿都が来なくて寂しくて、別の男性が好きになるときがある。その男性が来ていて、そこへ元の男性が通ってきたら、その男性は自分の阿夏が別の男性が好きになったのだと思って帰って行く。決して新しい男性と争わない。
~中略
2、そうして生まれた子どもはだれが育てるか。
子どもは女性の家族がみんなで育てる。家の子どもとして育てるのだという。このとき、子どもの「舅々(チウチウ)=おじさん」、つまり、母の兄弟、がいちばん子どもの教育の責任を負う。人としての善悪や、社会生活のきまりなどは、舅々が子どもに教えるのだそうだ。子供たちがいちばん怖いのは、舅々で、その舅々にしっかりとモラルを教え込まれているので、この村のこどもたちは、泥棒やスリはいない、夜どの家も鍵をかけないでいいという。
男性は自分と阿夏の間の子どもの養育・教育にはいっさいかかわらないが、自分の子どもの代わりに姉妹の子どもたちを育てているわけである。
~中略
この村の子どもたちは、自分の父親がだれであるかは知っているが、その男性が来ても「パパ」とは呼ばすに「舅々」と呼ぶ。子どもが大学に行きたいと言って、家が貧しい場合は、近所の人、親戚に人みんなで、行かせる、また、この村はラマ教信仰が盛んだが、息子がラマ僧になりたいというと、修行にインドへ行く費用などをみんなで出すのだという。ラマ僧になりたいとか、大学に行きたいという子どもがいるのは、名誉なことだと考える。子どもは家の子どもであり、村の子どもだという意識が強いのだ。
3、家長の役割
どの家の家長も女性である。その家族の中で、最もよく働き、家の管理のうまい女性が選ばれる。長女である必要は全くない。選ばれた女性は、選ばれたことを誇りに思い、家の繁栄のために真剣に取り組む。

共同体規範を色濃く残している、数少ない事例ではないかと思います。
一対婚社会の常識で考えると、おかしな婚姻形態ということになりますが、固定観念を取り払って考えてみると、かなり合理的な形態と言えるのではないでしょうか。子育という視点でも興味深いと思います。


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[1] 中国雲南省納西(ナシ)族、摩梭(モソ)の母系社会を訪ねて: http://www2.ttcn.ne.jp/~orie/yunnan2000J.htm

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