2007年02月28日
アイヌ人は、妻を借りていた?
「アイヌ民族はシサム(和人)が渡来するより古くから日本列島に住んでいた先住民だよ、とエカシ(長老)・フチ(媼(オウナ))より伝えられています。 祖先は、この地をアイヌモシリ(人間の静かなる大地)と呼び、自然界をカムイ(神々)として謙虚に祈り、自然の恵みに感謝をし、「カムイありて我あり、我ありてカムイあり」との互助精神で、自然を改造・破壊・汚染することなく生活してきた民族です。」
アイヌ人は、縄文文化を維持して生きて来たと言われています。主に漁労や狩猟によって生きてきたようです。ですから自然への同化がアイヌ文化そのものです。自分さえ良ければいいといった自我性・わがままさは殆どなかったと思われます。私有財産も大した物はなく、質素で、自然に対しても感謝に満ちた生活です。
(阿寒湖アイヌコタンより)


自然から生かせて頂いているという、感覚でしょうか。
あるサイトで読んだのですが、アイヌは嫁入り婚なのですが、「嫁を貰う」と表現しないで「妻を借りる」と表現するようです。誰から借りるのかと言うと、神様からだと思います。現在の相手を自分の所有物として拘束している一対婚とは、精神的に異なったものかもしれません。
さらに、アイヌ人は、元来は、おおらかな夜這い婚だったのかもしれません。
アイヌ文化入門に、次のような記述があります。
「本人がまだ幼いときに、親同士の約束や、あるいは仲に立った人によっていいなずけにしておき、年頃になって本人たちに伝え、結婚させます。また、本人同士の意思による結婚もありました。また、ある地方では、娘が年頃になると、家の南壁にトゥンプといわれる小室を設けて娘を住まわせ、遊びにくる男性のなかから相手を選んだりしました。」
しかし自然崇拝で本源性の高いアイヌ文化は、世界中の原住民が滅ぼされたのと同じように、私権社会との接点が出来ると、あっという間に滅ぼされてしまいます。残念ですが文字文化がなかったので詳しい事は分からないそうです。
- by koukei
- at 21:30


comments
『妻は借りもの』というのは、萱野茂氏の著書にも載っており、アイヌ語で「結婚」のことをそう言うようです。
結婚はウトムヌカラ、ウ=互い、トム=方、ヌカラ=見る、互いを見つめ合うこと。
もう一つの言い方にマテト°ン、マツ=妻、エト°ン=借りる、があり、お嫁さんはもらうものではなしに借りるもの、ということです。(勿論神様からではなく、相手の氏族集団から借りる。)
夫の方は、借りてくるので大切にしなければ連れにこられる。妻の方は、借りられてこの家に来ているので、おしとやかにしていなければいつ返されるか分からない。そのようなことで、双方一歩譲る心を常々忘れないように心掛けるので、家庭は円満というわけです。
父系嫁入り婚ですが、私有制が発達していないので、母系集団の引力の強さが残存している。さらには私有制が発達していないので、どっぷり安住することなく、互いの緊張感が持続しているのかな、と思いました。
アイヌ人の思想は、まさに現代の社会に欠乏したものであり、猛省し、帰るべき原点を示唆してもらえるものである。
自然(神々)に感謝に満ちた生活で、夫婦としては、双方一歩譲る心で、円満な家庭になる。日常、自我、わがままになり、忘れてしまう大切な想いで、心に刻み付けておきたい、教えだ。
私権社会に接したとたんに滅亡してしまうほど、もろい集団だったことに残念に思う。
現在の環境破壊に対する、課題を考える時、この思想に戻ると、みんな優しい心をとりもどせるように思う。