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インドネシアはアメリカ以前の民族のルツボ

Posted By nandeyanen On 2007年2月7日 @ 8:18 PM In 未分類 | 4 Comments

「双系」社会と言われるインドネシアには、過去記事(1/16yama33さん,1/17saahさん)で紹介されていた「母系のミナンカバウ族」がいるかと思えば、「食人で有名なバダック族など“父系”民族」も存在しており、実に多種多様≒民族のルツボである。
しかし現在は、「母系⇒父系に転換」というよりも、「母系⇒民族(共同体)解体∴双系」という流れが加速しているようだ。
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以下echoさんも引用していた「インドネシア専科」 [1]より

 ミナンカバウ人は母系社会という世界でも特異な社会形態で知られている。母系社会の基本は氏族の系譜を母である女性を通して辿ることである。母系社会では氏族の共有財産は女が引き継ぐ。田畑、家屋の財産は母から娘に相続さる。牛の形をした民族色豊かなルマ・ガダンという伝統家屋も母から娘へ代々引き継がれる。
 夫である男(スマンド)には相続権は一切なく、男自身の財産も姉妹の娘に相続される。男が氏族の財産に対して行うことは姉妹に代り財産の管理を行うことである。ミナンの諺では「スマンドは水牛の尾にとまっている虻か、切株の上の灰のようなもの」といわれる。
 結婚は妻問婚が原則である。妻問婚とは夜だけ妻の所へ訪れるもので昼は別の所で生活する。伝統家屋には娘の部屋はあるが、成人の男子の居場所はない。成人になった男は昼は生家の田畑で働き、夜はアダット・ハウスという集会場かモスクにたむろする。結婚した男は、夜、寝るためにだけ妻の家に通う。
 家を取り仕切る必要な男手は夫ではなくて妻の兄弟である。男は自分の子供ではなく、姉妹の子供の扶養義務がある。子供にとって母の兄弟である伯父ママック(mamak)は父よりと親しい関係になる。これが母系社会の仕組みである。
 母系社会とは男が虐待された社会のように見える。しかし母系社会は女権社会ではない。長老、大家族長、スク(氏族)の長の政治権力は男性にある。政治権力を有する男性は家長である女性の兄弟である。いわば政治は男、経済は女の分業体制である。繰り返すと男は財産の管理者であるが、所有者にはなれない。
 結婚についても例えばコタ・ガダン出身の女性はコタ・ガダンの男性としか結婚できない。これに対して男性にはそのような制約はない。財産を相続できない男はその替わり自由である。財産を相続する女に個人的な自由はない。
 ミナンカバウの母系社会とはいわば女性は田畑や家屋という財産に縛り付けられていることである。母系社会のこれらの実態はむしろ女性差別でないかと教育を受けたミナン人の女性が伝統社会に呪縛されることの不条理を訴えている。
 かつまたミナン人は熱心なイスラム教徒である。母系社会と父権の強いイスラム教の併存は奇妙な現象であるが、アダットが優先することでなんとか折り合いをつけてきた。
 しかしながら近代社会の発展によりミナン人が異郷に家庭を持つようになった。異郷ではスマンドの存在が大きくなり、1974年の婚姻法の影響もあり、異郷のミナン人の母系社会は崩壊しつつある。
~(中略)~
 ジャカルタに移住したミナン人は父母を中心とする核家族とならざるをえない。異郷の大都会では母系社会のアダットは非現実的である。移住の第一世代にはまだしも故郷とつながりがあっても、異郷で育ったその子供以下の世代になると母系社会とはさらに縁遠くなる。
 近代社会の発展による都市化の影響により故郷の西スマトラでも核家族化しつつある。伝統と近代化への妥協ということで、最近では結婚して数日だけは妻の家へ通うということで母系制を形式的に残している。
 ムランタウの発展はインドネシア社会との同化の過程をへて世界でも珍しいミナン人の母系社会の崩壊に向かっている。それでもミナン人の家庭は母は“カカア天下”といわれ、父は妻子の扶養義務意識が希薄といわれてはいる。


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[1] 「インドネシア専科」: http://www.jttk.zaq.ne.jp/bachw308/page002.html

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