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「愛し合うから結婚」そして結婚したら「家族には愛情があってしかるべき」こんなの常識(?)

Posted By koukei On 2007年6月25日 @ 9:53 PM In E 8 日本 | 5 Comments

何時からか、「お父さんは子育てを手伝って、家族を愛して楽しい家庭を作るべきである」と言う意識が世の中に広まってしまいました。
アメリカのタイガーウッズは「子供が生まれる時は、メジャー大会でも休む」と言っていますが、アメリカ社会では、追認されているようです。
日本でも、アメリカ文化を追いかけて「恋愛至上主義」で結婚した後は、引き続いて「家族愛至上主義」が続きます。
何時から、こうなってきたのでしょうか? 


最近は幼稚園の運動会に行くと、少し滑稽と思える場面に遭遇します。お父さんは、完全にビデオのカメラマンでかけっこや遊戯の撮影場所の取り合いでお父さんのカメラマンは真剣で、笑ってしまいます。昼食はお爺ちゃん、お婆ちゃんを交えての家族団らん弁当会です。こんな意識は少し前までは、ありませんでした。
恋愛、そして家族愛と言う概念が出てきた経緯を的確にまとめたサイトを見つけました。

恋愛結婚や主婦の誕生、そして「家族愛」や「母性愛」の発想が定着したことにより、「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業意識も広く共有されることになりました(性別役割分業意識が強くなったのは、庶民が男女共に農業に従事していた封建社会ではなく、実は近代社会になってからのことです)。女性は、愛情表現として自発的かつ無報酬で家事労働や育児を担当することになりました。「愛情が湧くから家族になる」という意識は、やがて「家族には愛情があってしかるべき」という意識へとつながり、前近代社会で確認されていた性的自由や高い離婚率を抑制することになりました。現実の家族生活に矛盾が存在しても、愛情を持って乗り越えていかなければならないという考え方が定着していきます。また、性的な純潔を尊ぶ貞操意識や処女概念も、この頃に明確に確立されてきたと指摘されています。このようにして、恋愛と結婚はカップリングされていったと考えられます。

次世代都市みらい 結婚(3) [1]
確かに私の子供の頃(昭和30年代)は其れほど、家族が愛情あふれる甘い空間ではありませんでした。
我が家は町工場でお袋も労働力でしたから、家は生産の場でも有った為に厳しさがありました。確かに正月や盆休みなど年に数回の行事はありました。それは、一つの祭りです。今考えると、生産共同体(町工場)である家族は、生産課題があり家族全体でそれを感じ分担して、生産していく。それだけで、家族の達成感があり改めて、家族愛などと言う、観念は必要なかったような気がします。実際、父親はいつでも怖かったしそう言うものだと思っていました。
現代のように、「甘い家族関係」「愛情あふれるファミリー」と言う文化に、最初に私が接したのはアメリカ文化のテレビ「奥様は魔女」でした。
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魔女である奥様を貰った主人と奥様は、奥様が魔法が使えると言うことを世間に内緒にするのに四苦八苦すると言うコミックドラマです。主人公の魔女の奥様は「専業主婦」で、サラリーマンの旦那様の稼ぎで、大きく夢のような戸建に住んでいます。奥様は夕食を準備して旦那様の帰りを待ちます。ホームパーティーを開いたり、レストランで外食をしたりして夢の世界です。
狭い6畳に家族が布団を敷いて寝ていた時代に、夢の「ファミリー」をテレビで見てあこがれた物です。そしてその憧れ「家族愛」さらに加速しているのが現代です。
しかし、「家族愛至上主義」が、ここ50年以内に創られた文化です。家庭崩壊が多発する現代を見ると、この方向に進んできたのは、間違いだったのでしょう。新たな家族とはを考える必要があると思います。


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