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タブーがあっても性否定しているとは限らない

Posted By nandeyanen On 2007年6月28日 @ 9:58 PM In 未分類 | 6 Comments

>「部族間の縄張闘争圧力の上昇」⇒「父系制、嫁入り婚への転換」「敵対する部族との婚姻関係」「婚資の登場」⇒「女の不安」「男の性的自我の発現」⇒「集団崩壊の危機に直面」⇒「性を否定的な対象として封じ込めようとする規範風土の形成」という状況があったのでしょうか?<『「性否定社会」ってホントに存在したの?』 [1]でさいこうさんが提起されたこの問題は、「私有婚の発生」と関係しそうなので、継続して探求していきたいテーマですね。
ただし少し気を付けないといけないなと思ったのが、
 【肯定視vs否定視】
 【自由=大らかvs不自由=規制多】

という二つの価値軸の混同です。


これまでみんなから発掘~投稿されてきた事例からは、未開部族の多くが、我々現代人よりもずっと、「性」「婚姻」は集団の重要な課題だと自覚していることがわかります。
だからこそ、各部族単位で(+目標であれタブーであれ)性・婚姻にまつわる豊かな規範群を共認し、状況変化に応じて進化させながらも大切に継承してきたのでしょう。
しかし、全ての集団規範を解体し、解放?されてきた我々現代人から見ると、これら集団規範に沿った性は、なんとなく不自由そう=規制されている気がするので、 
 【自由(大らか)=肯定視】 vs 【不自由(規制多い)=否定視】 
という風に捉えてしまいそうになります。 近代以降の多くの学者、観察者もこの先入観から事実を曲解していることが多いので文献をあさるときも注意が必要でしょう。
私権時代以降に力の原理で強制的に規制され、押し付けられたものでない限り、「自発的に共認」されてきた性規範は、“大らか”に見えても全く野放図な乱婚ではないし、“不自由”に見えてもその背後には何らかの(よりみんなの充足を高める)目的や集団統合課題があったはずです。
だから性規範の問題は、肯定or否定の二元論的に追求するよりも、その背後に潜む外圧や集団不全に遡って構造解明していきたいものです。
・女や性に“タブー”の多い民族は、どんな外圧→不全に直面していたのか?
・「性を主な役割とする女」の性をも封鎖せざる得なかった逆境とは何か?

ニューギニアではないですが、古代以前から性封鎖気味の始原ユダヤ民族などの場合は、
「女のわがままを放置して滅亡の危機に瀕した総括から、厳格な私有一対婚規範を形成した?」
という仮説が考えられます。


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[1] 『「性否定社会」ってホントに存在したの?』: http://www.jinruisi.net/blog/2007/05/000179.html

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