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妻問婚のイメージとは?

「日本婚姻史シリーズ」では、日本の婚姻史の変遷を、岡さんが詳細に綴ってもらっています(非常に濃い! )。
その中の一つに日本婚姻史7 前婿取婚~飛鳥奈良平安(初)~ [1]
がありますが、その妻問い婚のイメージを膨らませるようなエピソードを見つけたので、引用したいと思います。
よろしくどうぞ


エピソード高校日本史 [2]
より引用です。

「奈良時代の家族構成(妻問婚と夜這い)」
1、鹿児島県へ旅行に行った時、同僚が鹿児島特産の「柘植の櫛」を買っていました。そこで、私は、何故、鹿児島では柘植の製品が特産になったのか、調べてみました。
2、鹿児島では女の子が誕生すると、庭に柘植を植えます。その女の子が年頃になり、結婚が決まると、その柘植の木を切り、嫁入り道具にします。そんな風な話を聞いたことがあります。
3、大学時代、鹿児島から来た同期生がこんな話をしてくれました。
 戦前のことです。柘植の木がある程度大きくなると、そこの女の子が適齢期に達したということが誰にでも分かるようになっています。その女の子を好きな男の子は、夜になると、その柘植の木の植わっている庭に、木の棒を突き立てて帰ってくるといいます。
 女の子は、それを見ていて、その男の子が好きな時は、その棒を家の中に入れておきます。次の夜、男の子がやってきて、木の棒が無ければ、自分の意思が受け入れられたと思い、女の子の部屋に入っていくといいます。
4、木の棒を使ってお互い呼び合い(ヨバイ)、こうして妻問婚が成立するのです。
5、男の子が好きでない場合、次の夜も、男の子は木の棒を立てて、家に帰ります。毎日毎日繰り返し、100本木の棒が立った場合、男宿の連中が女の子をさらって、結婚をさせるといいます。昔から伝わる合理的な制度です。

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↑薩摩柘植櫛
この風俗の様子は、万葉集から読み取れるという事でした。
百万本のバラではないですが、100回も家に通っていた男も居たって事ですね。粘り勝ち?
しかし、最後は有無を言わさず女をさらうという事になっていますが、このあたりは族の力関係にもよると思うので、イメージの検証が必要かも知れませんね。

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