田舎の村落共同体では、村の男女が性を共有する「夜這い婚」があったが、都市部の江戸はどうなっていたのかと思っていたら、
『江戸の恋:「粋」と「艶気」に生きる』 著者である田中優子がホームページで
「結婚」
について、コラムを書いている。江戸の庶民の男女関係が垣間見れて面白い。
例えば、江戸の庶民は、恋愛は大らかな性文化としてエンジョイしていたらしい。しかし、結婚は別の物で、極めて現実的なもので、楽しみとしての恋愛とは全く別物と考えていたらしい。 🙄

商人(10代)の娘
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ゆう魚斎雑録:結婚(田中優子がホームページ) [1]から
江戸時代の常識では、恋愛と結婚は別のものだった。私たちの時代では、唯一無二の男女として恋をし、その結果結婚するのがいちばん幸せだ、と思っている。しかし江戸時代では恋愛結婚のことを「浮気な結婚」と言った。そして浮気な結婚は、してはならないわけではないが、いいかげんな結婚だと思われていた。なぜなら結婚生活は非常に現実的なものであり、それなりに真面目に実質的に取り組まなければならないからだ。『江戸の恋』という本を書いたくらいだから、江戸時代は恋に満ち満ちている。ならば恋はどうなのかというと、結婚する場合もあるし、配偶者とは別の人と恋愛している場合もあるし、結婚しない場合もある。つまり結婚とは「関係ない」のである。そのことはべつだん悲劇でもなんでもない。
また、女は自立していて、共働きが当たり前であり、専業主婦など居なかった。
また江戸時代の庶民の結婚生活は、女性の側の持参金や女房の働きが重要な柱になっていた。共稼ぎがふつうで、それを「銘々稼ぎ」「銘々過ぎ」といった。共同で家計を支えるという感覚ではなく。「個々それぞれ稼ぐ」という意味の言葉である。江戸時代は何についても、「個々で」という考えかたが強い時代だったのである。ほとんどの女性が働いており、専業主婦というものもなかった。江戸時代で働かないですんだ女性は、ごくわずかな公家と武家の女性だけだった。専業主婦は近代に出現したものだが、その理由は、庶民が武家の贅沢にあこがれたことと、労働形態が変わったことにある。江戸時代は農家も商家も職住一致であったが、近代は工場労働になって、人々が毎日家を離れて働きに出ることになった。働くことと家事をすることはもともと一緒に行われていたが、それができなくなり分離したのである。
結婚は、経済的な外圧に対応する為の現実的な生活そのものであったらしく、離婚も今以上に多かったらしい。恋愛とは区別して、結婚には現在のような「甘い幻想化」は無かったらしい。
恋愛と結婚を結びつけて、「甘い幻想化」にしてしまったのは、昭和以降のようである。