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キリスト文化のハリスは日本性文化に驚いた。

Posted By koukei On 2007年7月26日 @ 10:40 PM In E 8 日本 | 3 Comments

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『タウンゼント・ハリス』
ペルーの黒船の後に、日本に訪れて開国を実現させる。日米修好通商条約を締結して初代駐日公使となり、5年9ヶ月日本にいた。聖公会信徒で妻子はなく生涯独身。
ハリスが日本に来て、日本の性の大らかさに、驚き 軽蔑する 様を  渡辺京二「逝きし世の面影」の中で、書かれている。
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そこには、欧米の「恋愛→結婚」と言う文化である欧米の 「LOVE」と言う観念と、 「夜這い」と言う観念で代表される開放的で性を共有する日本の文化の違いである。

……ハリスは書く。「この人たちの淫奔さは、信じられないほどである。要件がすむや否や、彼らが敢えて談ずる一つの、そして唯一の話題がやってくる。……備後守(下田奉行岡田忠養)は、副奉行の一人が私に婦人を周旋する任務を特別に負わされていると告げ、もし私がどの婦人かを好きになったならば、副奉行は私にその婦人を手に入れてくれるであろうなどといった」。
  一生独身を守った謹厳なハリスが眉をひそめ、こういう日本人を内心軽蔑しただろうことは想像にかたくない。だが井上清直は川路の実弟で、幕末屈指の廉直な能吏として知られた人物だった。当時の日本人には、男女間の性的牽引を精神的な愛に昇華させる、キリスト教的な観念は知られていなかった。
日本人は愛によっては結婚しないというのは、欧米人のあいだに広く流布された考えだった。たとえばヴェルナーは述べている。「わたしが日本人の精神生活について知りえたところによれば、愛情が結婚の動機になることはまったくないか、あるいはめったにはない。
 そこでしばしば主婦や娘にとって、愛情とは未知の感情であるかのような印象を受ける。わたしはたしかに両親が子どもたちを愛撫し、また子どもたちが両親になついている光景を見てきたが、夫婦が愛し合っている様子を一度も見たことがない。
 神奈川や長崎で長年日本女性と夫婦生活をし、この問題について判断を下しうるヨーロッパ人たちも、日本女性は言葉の高貴な意味における愛をまったく知らないと考えている」。

以降、日本の官僚は日本性文化を、野蛮 と定義して、「近代的な」一対婚に改正していく。
しかし、渡辺京二は「逝きし世の面影」の中で、欧米文化の 「LOVE」(=言葉の高貴な意味における愛)と言う観念的な男女関係と比べて、大らかな性を現実の生活の中に取り込んでいる「日本の性文化」は、決して野蛮なのではなく、自然で本来の男女関係かもしれないという視点を提示している。
 

 当時の日本人にとって、男女とは相互に惚れ合うものだった。つまり両者の関係を規定するのは性約結合だった。むろん性的結合は相互の情愛を生み、家庭的義務を生じさせた。
夫婦関係は家族的結合の基軸であるから、「言葉の高貴な意味における愛」などという、いつまで永続可能かわからぬような観念にその保証を求めるわけにはいかなかった。さまざまな葛藤にみちた夫婦の絆を保つのは、人情にもとづく妥協と許しあいだったが、その情愛を保証するものこそ性生活だったのである。
 当時の日本人は異性間の関係をそうわきまえる点で、徹底した下世話なリアリストだった。だから結婚も性も、彼らにとっては自然な人情にもとづく気楽で気易いものとなった。性は男女の和合を保証するよきもの、ほがらかなものであり、従って羞じるに及ばないものだった。
「弁慶や小町は馬鹿だなァかかァ」という有名なバレ句に見るように、男女の営みはこの世の一番の楽しみとされていた。そしてその営みは一方で、おおらかな笑いを誘うものでもあった。徳川期の春本は、性を男女和合と笑いという側面でとらえきっている。


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