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-遺丘の女神- 世界最古の農村で発見された土偶

Posted By kato On 2007年9月25日 @ 11:50 PM In 未分類 | 6 Comments

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 遺丘とは、西アジア一帯に広がる独特な遺跡で、ある場所に繰り返し集落や都市が築かれた結果、その場所が丘のように盛り上がった形状となった場所のことです。
 こうした遺丘が形成されるのは、人々の居住に適した場所がある程度限定されるためで、いくつもの文化層が重なった結果その場所の歴史のタイムカプセルになっています。(Wikipedia [1]
 当然、最下層には最古の定住遺跡が埋まっており、狩猟栽培→農耕牧畜と生活様式が変化してゆく様が観察できます。その遺丘の9000年前の層(土器が発明されるより前の時代)から女神像(日干し土偶)が発見されました。この時代の人々の暮らしぶりはどんなものだったのでしょう。
 女神像を見てみたいと思った人はクリック!!
 


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 『遺丘と女神-メソポタミア原始農村の黎明』展の紹介文を掲載します。

 まず、定住が始まり、ついで植物栽培が始まり、最後に動物家畜化が始まったことが判明している。1万4000年くらい前にスタートしたこの変革は、それから4~5000年かけておおよその陣容を整えていったらしい。8500年くらい前の遺丘を掘ると、現代の西アジアの伝統的農村とほとんど変わらぬ暮らしぶりに出会う。ムギ作農耕とヒツジ・ヤギ飼養の証拠や素焼きの瓶等々。見つからないものは鉄やプラスティックなどくらいだ。世界のどこよりも早く、後の暮らしの基本をそろえてしまった西アジアの古代人には全く敬意をはらうよりない。

遺丘というタイムマシン [2]
 どうやら1万4000年前あたりから共同体を作り、定住を始めた人達が4~5000年かけて次第に農耕牧畜に不可欠なドメスティケイション(栽培化)を完了させ、今と変らぬ農村を築いていったようです。
 Ouroboros(東京大学総合研究博物館ニュース)『西アジアにおける「ドメスティケイション」に関する新しい理論(マーク・フェルフーフェン)』 [3]では以下のように分析しています。
 

・ケバラ期:23,000~15,000年前
・ナトゥーフ期:15,000~12,000年前
・先土器新石器時代A期(PPNA)およびB期(PPNB):12,000~8,250年前
・土器新石器時代:8,250~ 7,300 年前
1. 発芽(ケバラ期)
 ケバラ期は狩猟採集民社会に相当する。この時期にはドメスティケイションの萌芽が認められる。また、数種の野生穀類が採集されており、植物加工用の重たい石の道具が用いられていた。
2. 発生(ナトゥーフ前期)
 ナトゥーフ期の人々は円形住居を特徴とする世界最古の村落生活を営んでいた。
3. 退行/休眠(ナトゥーフ後期~末期)
 この時期には全体的な文化的衰退と、より遊動性の高い生活様式への回帰があった。
4. 成長(PPNA期)
 ヤンガー・ドライアス期の後、初期完新世のPPNA 期には、比較的湿潤な環境が急速に回復するとともに、扇状地や湧水、湖沼が発達して、そこに集落が立地するようになった。しかしながら、植物の栽培化も動物の家畜化もまだ実現には至らなかった。
5. 開花(PPNB 前期~ PPNB 中期)
 PPNB期には、ドメスティケイションのプロセスがさらに加速・進行した。・遺跡が大型化した。すなわち、おそらく、集落自体が大型化した。・建物は(以前は円形であったのが)四角形になり、しばしば多くの小部屋から構成されるようになった。これは、空間が次第に内部分化し、操作されるようになっていったことを示唆する。
6. 生育(PPNB 後期)
 PPNB 後期にはいくつかの重要な変化があったが、全体としてはドメスティケイションの過程が続き、さらに発展していった。
7. 分散(PPNB 末期~土器新石器時代)
 本稿で対象とする最後の段階であるこれらの時期には、全体的にみて、PPNB期の特徴が存続し、さらに発展していく。遺跡は主に河川沿いに立地するテル(集落の営まれる丘)からなる。建築は主として四角形で多くの部屋をもつ。栽培種の農耕と家畜種の飼育を組み合わせた経済が確立する。

 おそらくヤンガー・ドライアス期のあたり、一定規模の村落共同体を築いていた人々が今回発見された土偶を作ったと思われます。古代宗教が誕生するはるか以前、彼らは豊穣の象徴としてふくよかな女性像に精霊を見ていたのではないでしょうか。だとしたら、縄文時代の日本人と案外近いところがあったのかも知れません。


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URLs in this post:

[1] Wikipedia: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%BA%E4%B8%98

[2] 遺丘というタイムマシン: http://www.um.u-tokyo.ac.jp/web_museum/ouroboros/v12n1/v12n1_nishiaki.html

[3] Ouroboros(東京大学総合研究博物館ニュース)『西アジアにおける「ドメスティケイション」に関する新しい理論(マーク・フェルフーフェン)』: http://www.um.u-tokyo.ac.jp/museum/ouroboros/10_02/kenkyu.html

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