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障害者が「福子」と呼ばれた時代

Posted By naoto On 2007年10月27日 @ 9:24 PM In 未分類 | 9 Comments

現在の核家族=家庭からは、大量の自己中≒精神破壊者が生み出されています。
こうした人々が野放しにされている一方で、本当に障害をもつ人たちの姿を、日常の場でほとんど見かけなくなった気がします。
かつて、障害をもつ人たちはどのように生きていたのかを探ってみました。
「日本の風土に生きる障害者」 [1] 山下恵さん 《参照》
大野智也・芝正夫両氏の研究報告書『福子の伝承』によると、「精神薄弱」(現在では知的障害と名称変更)の障害児者は、「福子」「宝子」「福助」等と呼ばれ、大事に育てられていたという報告が多数ある。
家に富をもたらす守り神的な存在であるとして捉え、また彼らがいることによって、家族はその子のためによく働くから家が繁栄すると考えたり、家族の不幸をその子が一切に背負っているから大切にするという考えや、先祖のめぐりとして生まれ変わったので大切にするという考えのもと呼んでいたという。
この思想背景には、日本人の因縁観や先祖の生まれ変わりの概念がプラス要因として働いたものがあるだろう。
「福子思想」とあっても、その呼称理由にはいくつかの意味が含まれていて、一概に良いとだけは言えない。
だが、その呼び名やそう言う事の出来た周囲の目があることで、障害をもった人々が地域社会・村落共同体の中で、人々の温かい目に守られて育てられていたことわかるように、この伝承は社会の目をあたたかくする装置を持っていたと言えよう。

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一方、人から人へともたらされた伝承の中には、障害を負の部分として捉える「鬼子」も存在した。
「鬼子」の考え方により、その障害の奇形や異常さゆえに「鬼の子である」として忌避したり、親によって間引かれたり捨てられたりした事例が山田厳子氏の論文「子どもと富―<異常児>をめぐる<世間話>-」で報告されている。
このように民間伝承を紐解いていくと、人々がどのような障害者観を持っていたかがわかる。
かつての民俗社会には、障害者を肯定する面、否定する面の両方を持ち合わせていた所に注目しなければならない。
また、「鬼子」に関する文献に比べ、「福子」は1980年代に出された『福子の伝承』以前には研究がなかったことから、「福子」の方が稀で「鬼子」の方が多かったのではないかと考える。
まだ研究が十分でない分野ではあるが、かつての日本風土に存在した障害者観をさぐり、整理・体系化していく事は、ムラ社会にも地域福祉の思想・システムがあったという明るい側面(福子)を浮き彫りにした。
現在伝承が受け継がれなくなった、時代的に断絶した背景としては、明治維新以降、日本が経験した二度の世界大戦や高度経済成長期による共同体の崩壊などが、人々の障害者観に影響を及ぼしたのではないかと考える。
障害者観は社会の風潮を真っ向から受けて影響するものだから、「福子伝承」などを見るときに、ただ単にノスタルジーからとらえてはいけないが、かつての日本人が持っていた柔軟な伝承を、あとに生きる私達が新たに現在の障害者福祉に即して捉えていくこともできるであろうし、いまその必要が問われているのではないか。《引用ここまで》
私が幼少の頃、同級生に精神薄弱の子がいたのですが、小学校にあがる前にどこかの施設に入れられたのか、それ以来顔をみることもなくなってしまいました。
障害者を弱者(or やっかいもの)とみなし、ほとんど隔離状態にした上で、「生きる権利と幸福」を与えるという西洋発の福祉事業。
なにか違和感を感じてしまいます。
労働力にはならなくても、精神的な役割を与え、共同体の一員としてきた日本社会。
「福子伝承」から学ぶ点は多いのではないでしょうか?


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