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中国の歴史~古代中国考察の材料集め~

Posted By hayabusa On 2007年11月7日 @ 6:51 PM In D 東洋と西洋 | 3 Comments

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東洋と西洋
今日は、というか、これから数回、東洋と西洋のカテゴリーは、東洋にスポットを当てて見てみようと思います。東洋という広いくくりのなかでも共通の部分と相違する部分があるはず。そのような点が見えてくれば良いと思います。
さて、東洋の中で、最も広大な国土と長い歴史を持つのは「中国」。前回 [1]に続いてここにスポット。
中国って、お隣の国なんだけど、私たち日本人とは感覚的に何か違うと感じます。「中華思想」などを見てみると、私たちとは全く異質・・・・・・。その違いの起こりはなんだったのでしょう。
今日はそれを読み解くための材料を集めてみます。
時代は古代中国。紀元前1万年前~5000年くらい前のことです。
それでは、まず、いつものヤツをお願いします。
[2]


●農業●
中国の農業は、約1万年前に起こったとされています。(⇒中国古代史 [3])
それから土地に定着した生活が始まり、農耕文化の発達と共に、人口が増加していきます。
参考 [4]
●環濠集落●
約1万年前、農業によって定住を始めた人々は、環濠集落 [5]の中で暮らしました。
この頃の日本は縄文時代。当時の縄文集落には、環濠をつくる傾向はあまりみられません。しかし、中国は違いました。彼らが集落の周りを堀で囲むのは、色々な目的があったようです。
<自然外圧に対抗するため>

「まずなぜ環濠を作ったのでしょうか?これは集落同士の抗争というよりも、自然からの防御のためだと考えられます。まだ人類が自然に対して弱者であったころ、猛獣などの侵入を防ぐために作ったとされています。また南方では、降水量が多く洪水が多発したので、環濠によってそれを防ぎました。そのため南方の環濠には常に水が張られていたといわれています。この辺も地域性によって異なる点です。」

参考 [6]
<北方民族からの攻撃に対抗するため>

古代羌族(きょうぞく)は、陜西省から寧夏回族自治区(ねいかかいぞくじちく)にいた遊牧民族で、白狼を崇拝し、自らを白狼の子孫一族としています。
(中略)
なぜ集落周辺に、大規模な環濠を設置するのかの理由の一つが、羌族や北戎の存在でした。後代、中国中原を支配する王朝総てが、その勢力の侵攻に悩ませされ、政権の維持に危殆が生じます。
有史以前であっても、中国のみならず、ユーラシア大陸の文明地帯において、周辺遊牧民族の存在は、外敵として、かなりの脅威でした。

参考 [7]
●仰韶文化●
BC.5000~BC.3000くらいの古代中国の農耕文化です。
1952年に発見された半坡遺址(はんばいせき)が有名。遺址の面積は7万㎡、そのうちの約半分の3万㎡が居住区です。

「半坡社会は、富の蓄積も貧富や身分の差もない、日本の縄文時代的原始社会でした。」

参考 [8]
という意見があるように、共同体社会が営まれていたと思われます。
●母系社会●

半坡遺址を中心とした仰韶文化社会は、基本的には女性を中心とした母系制社会でした。男子は漁撈・狩猟採集や土木作業を担い、女子は農業のほか、糸を紡ぎ麻布を織り衣服にし、魚網を編みます。土器作り等も、当初は女性の主な役割だったでしょう。
(中略)
現段階では、やはり原始的農業が、女性を中心に行われていたと考えてよいでしょう。 集落の中心的なところには、公共の集会所のようなものが建てられており、集落の維持管理等、共同農作業の段取り、巻狩り、周辺集落との軋轢等が相談されながら、生活が営まれた社会であったと考えられます。

●王位継承パターン●

古代王朝の王位継承について、『夏王朝 王権誕生の考古学』に興味深い学説が紹介されていましたので、ここで取り上げてみたいと思います。
これは立命館大学の吉本道雅氏の説です。
吉本氏は古代中国における王位の継承方法について、国家が進化していくにつれて、その有資格者が減少するという説を唱えています。それは次の段階を経て進化していきます。

(詳しくは、こちらへ [9])
●治水●
農業のみならず、大河の流域に生活する以上は洪水に対する対応は必須。
「黄河を治める者は天下を治める」という言葉が有名なことから、中国においても治水は大河流域に暮らす人の悲願であったと思われます。
●地域間交流●
古代中国は、黄河流域や長江流域で複数の文化が発生し、並立して発展してやがてそれが融合されて、現在の中国文化圏を形作っていきました。今回の特集は、古代中国の各地域で発生した文化がどのように交流していたかをまとめてみます。⇒以下はリンク [10]
・・・・・・
なんだか、脈絡がない内容になってしまったようで心配です。
次回以降、これらを材料に、考察を進めてみたいと思います。しばしおまちを。


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[3] 中国古代史: http://www.h3.dion.ne.jp/~china/point44.html

[4] 参考: http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/shinpo/okamura.html

[5] 環濠集落: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%92%B0%E6%BF%A0%E9%9B%86%E8%90%BD

[6] 参考: http://www.h3.dion.ne.jp/~china/point89.html

[7] 参考: http://www.geocities.jp/rarememory/kouga3/kou3.htm#

[8] 参考: http://www.geocities.jp/rarememory/kouga/kou.htm#

[9] こちらへ: http://www.h3.dion.ne.jp/~china/point112.html

[10] リンク: http://www.h3.dion.ne.jp/~china/point113.html

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