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南インド ドラヴィド人:ナーヤルの母系社会~母系社会の変容と崩壊

『南インド ドラヴィド人:ナーヤルの母系社会~ヒンドゥー父系社会の中の母系社会』 [1]に続き、ナーヤルの母系社会のの変容・崩壊過程、その背景に迫ってみます。
アーリア人:ナンブーディリを頂点とする身分序列による私権社会体制の中で、数世紀にわたって機能してきたドラヴィド人:ナーヤルの<母系社会>は、イギリス支配下で大きく動揺し、最終的にインド独立後、1976年の「ケーララ合同家族制度(廃止)法」によって法的には消滅しました。
18世紀の終わりから他のインド同様ケーララが植民地としてイギリス支配下に入ると、ナーヤル<母系社会>を取り巻く状況は大きく変化しはじめます。
  ・政治的変化によって生じた急激な人口増加
  ・市場経済の導入による収入の増大
  ・ギリスが導入した近代的な司法制度により、サンバンダム婚(妻問い婚)は正式な結婚から除外される
  ・女性の「貞節」を重んじる西洋価値観の流入(逆に開かれた性に対する否定意識の発現)
  ・「核家族」という新しい家族像の浸透
など。
それらにより、ナーヤルの母系大家族:タラワードがどのように変容し崩壊していったのか?
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ナーヤルの母系大家族:タラワードの成立にとって必須の条件をあげると、次の5点になります。
  1.母系による血縁集団
  2.全成員の共同生活
  3.最年長の男子を長とする家族集団
  4.財産の共有
  5.祭祀共同体
まず、初めに崩れだすのは「2.共同生活」。タラワードの一つの建物に収容できなくなった人口は、それぞれより近い血縁関係によるグループに分かれて、タラワードから独立した建物に住み、食生活を個別化させる。さらにそれが進展すると、分散したそれぞれの土地に住み、収入もタラワードから独立するようになり、独立した経済を持つようになる。
次に、「1.母系による血縁集団」の条件が崩れる。タラワードは母系成員だけを収容すべきであったが、成人男子全員の妻子をタラワードに居住させる習慣が顕著になっていく。
これらの二つの条件が崩れることで、共有財産の管理を担っていたカーラナヴアン(最年長の男性)の家長的立場を困難とさせ、アナンダラヴアン(カーラナヴアン以外の成員)との不和を招き、一方、カーラナヴアンによる家長権乱用という弊害ももたらした。
こうした傾向に拍車をかけたのが、個人所得を持つナーヤルの増加で、それがさらに夫婦を中心とする新しい核家族を生み、タラワードから個人が分離し、独立した生活を営む様になる。
このような状況は、「4.財産の共有」の意義をなくすとともに、カーラナヴアンの機能を失わせ、「1.母系による血縁集団」「2.共同生活」の崩壊と重なり、ついにタラワード共有財産は個人単位による分割を推し進める。
それらの条件の消失により「3.最年長の男子を長とする家族集団」が消滅することで、タラワード:母系大家族制は消滅した。ただし、「5.祭祀共同体」としての機能だけは現状においても維持されている。
このタラワード:母系大家族制の崩壊過程は、同時に全インドで進行した父系大家族制度の崩壊と、本質的にその原因と過程は同じです。



 イギリス支配のもと導入された近代思想は、「進歩」「発展」のあくなき追求を善とし、そうした思想潮流において母系制が文明の低次元としてみなされたとき、西洋的な近代思想の洗礼を受けたナーヤル知識層にとっては、<母系社会>とは脱却すべき過去の制度となりました。
夫・父を中核にすえた夫婦と子どもからなる核家族モデル、および、ヴィクトリア朝的なモラルにも、オーソドックスなヒンドゥーの理想にも共通した、近代的な女性の性的規範が浸透する状況下、母系社会の本源的な性的規範は顧みられることはありませんでした。
タラワード:母系大家族制の変容と崩壊の過程とは、ナーヤルの人々が近代思想や西洋的価値観を受容し、私権(自分のお金や地位)に収束していく過程に他なりません。
 現在、ケーララはインドの中でも低い経済成長率を示す一方で、識字率、幼児死亡率、出生率、平均余命などさまざまな社会指標において、に近く、インドのなかで特殊な数値を示しています。その様子は「ケーララ・モデル」と称され、国際的にも高い評価を受けています。一方、ケーララは自殺率が高く、インド平均は10万人あたり10人に対して、ケーララでは31.5人で3倍以上も高いようです。
現在のケーララの置かれた状況の背景には、20世紀半ばまで<母系社会>という基盤が存在したという事実、そして市場社会の拡大とともに<母系社会>を失ったという事実、が大きく係わっているように思います。(@さいこう)
参考文献
 「ナヤール母系大家族制度の崩壊について」中根千枝
 「世界歴史体系 南アジア史3 南インド」(辛島昇・坂田貞二編 山川出版社)

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