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初期人類にかかっていた外圧状況

Posted By yidaki On 2008年5月31日 @ 10:12 PM In A 人類の起源を探る | 298 Comments

霊長類学の家族の起源4 人類の進化ストーリー(2) [1]の山際寿一著『家族の起源 父性の登場』(1994年)の要約の中にある、
<1.初期人類にかかっていた外圧状況>で、描かれている状況がどうもしっくりきません。
主な違和感のポイントとしては、
・初期人類の生息環境は劣悪だったわけではなく、豊かに暮らしていた点。
・分配行動の変容が、住み慣れた森林から未知の草原へ足を向かせた点。

苛酷な環境で飢えに耐えながら必至に生きたのではなく、より豊かになるために草原を征服したという流れが、どうしても観念機能の獲得に到った人類の、凄まじい進化を遂げる流れとが、どうしても繋がらない感覚を覚えてしまいます。
この領域は、様々な事象からの推測の域を出られない問題ではあると思いますが、それ故に論理整合性が問われる問題だと思います。
論理整合性という点でしっくり繋がる投稿が、るいネット [2]にあったので、いくつか紹介したいと思います。・・・少し長いですが、読んでみてください。
続きの前にポチッとしてもらえるとありがたいです。

[3]

肢の指の退化=適応説への反論  [4]  
北村浩司氏
>言うまでもなく人類の最先端機能とは、観念機能です。二足歩行の機能でも、ましてや肢の指で木の枝を掴めなくなったことでもありません。
>おそらくこのような疑問の背後には現在の人類学者に見られる、地上に降りたこと或いは直立したことが、あたかも素晴らしいことであると言う思い込み(その背後にある人類の種としての優越性という錯覚)があるような気がします。
木の枝を肢の指で掴めなくなった、つまり樹上で暮らせなくなった、ことが如何に決定的に生存にとって不利な状況であったかをリアルに想像してみる必要があるのではないのでしょうか?人類は鋭い爪も牙も力も走力も他の哺乳類に比して圧倒的に劣ります。つまり樹上を追われたサルは到底適応できる存在ではありません。
また地上で暮らすようになったから、その必要性が無くなった、というのも矛盾です。実際ニホンザルなどは地上での生活時間のほうが長いのですが、相変わらず樹上で暮らす機能は退化していません。言うまでもなく、いざと言うときに樹上に逃避できることは大きな武器だからです。
またサルは実際ある程度の時間直立歩行することが可能です。そして直立に必要なのは主に腰骨の機能であって、それさえ変化させれば、肢の指の形状を変えなくても直立歩行は可能です。つまりどこから考えても、肢の指で木を掴める機能を退化させる積極的必要性はどこにもありません。
(因みに直立する必要があったのは、肉体機能ではどうにもならなかったが故に、木の枝などの武器を持つ必要があったからだと思われます)
逆に肉体機能=本能機能の変化と共認機能で、充分適応できる状態だったのであれば、最先端機能である観念機能を生み出す必要性も出てきません。

直立二足歩行説で人類進化は解明できない。人類は「カタワの猿」だった  [5]
岩井裕介氏
>結局「直立二足歩行説」は、はじめに二足歩行ありき、それによって適応上有利な方向に進化した、とするだけで、人類進化の謎(特に共認機能→観念機能の進化)は解明されていない。学者が直立二足歩行説に拘るのは、おそらく、二本足で直立したこと→地上への進出があたかも素晴らしいことであるかのような錯覚or固定観念に陥っているからではないか。
事実として、始原人類が置かれていた環境は、そうした固定観念とは全く逆に、極めて過酷な状況=逆境であったと考えるほかない。人類に亜種は現存しないこと(たった一種を残して全て絶滅)、始原人類は洞窟に隠れ住むしかなかったこと、木の根や死肉をあさって食べていたこと、人口も極少であったことなどから考えても、強者ではなく、まともに生きていけないみじめな弱者であったとしか考えられない。
(つまり、この逆境が、人類の共認機能→観念機能の発達という大進化を促した。逆に言えばそれを成し得たごくわずかな一群だけが奇跡的に生命を繋ぐことが出来た)
では、何故そうした逆境に陥ったのか?
樹上に住めなくなり、外敵ひしめく地上に追い出されたのだと考えるべきだろう(決して好んで地上に進出したわけではない)。人類の祖先である原チンパンジーのうち、突然変異により足の指で木を掴めなくなった者がいた。足の指の先祖返りであり(サル以前の原始哺乳類にも足の母指対向性はない、サルだけ特殊)、こうした変異は一定の確率で起こりうるし、一般に突然変異による奇形は淘汰されるが、わずかの確率で生き残り世代遺伝することもありうる。
また、始原人類はそのような樹上を追い出されたサルの欠陥型であったがゆえに、極めて過酷な状況を余儀なくされたと考えれば論理整合する。
つまり、人類の起源は、足の指が先祖返りしたカタワの猿である。
(その意味で、二足歩行が人類の起源というのは誤りである)

直立説と「カタワのサル」説を論理整合性で比較すると・・・ [6]    
土山惣一郎氏
> そもそも、直立二足歩行に移行する過程で、足の親指の関節が硬くなって曲がらなくなったのなら、ゴリラやヒヒなどの地上派のサルは、なぜ足の親指の関節が柔軟で枝を握れる形態のままなのか、あるいは、岩井さんも128729に書かれていますが、初期人類のみじめな住処や食べ物に象徴されるように、なぜ通常の哺乳類では考えられないような悲惨な生活状態にまで後退したのか、さらに、手が自由に使えるようになると知能発達や脳容量の増加が促されるなら、サルの知能進化はどのように説明するのか、そしてこの説を現代に置き換えて見るなら、工作や大工見習いなどで頭がよくなるはずなのに、必ずしもそんな普遍的事実は観察されていないのはなぜか・・・等々、素朴な「?」が残ります。
 ところが、それに対する納得の行く回答は、学者たちからはまったく発信されていません。
 それに対して、足の指の先祖がえりによって、否も応もなく樹上生活ができなくなったという「カタワのサル」説には、地上生活に適応しなければならない必然性はもちろんのこと、その後の人類の生活状況などの歴史事実との整合性も充分です。
 仮説とは360度の論理整合性が命です。しかし、現在の生物学者や人類学者たちが唱える定説は、論理性も貧困なうえに、問題意識(≒目の付けどころ)が初めからズレていると思います。これでは最早、学説どころか仮説の体も成していないと言わざるを得ません。

人類の最先端機能である観念機能を生み出すに到った人類を考えると、極度の自然外圧や外敵圧力という逆境に晒されたと考える方が、素直に共感できるように思います。みなさんどう思われますか?


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[4] 肢の指の退化=適応説への反論 : http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=51373

[5] 直立二足歩行説で人類進化は解明できない。人類は「カタワの猿」だった : http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=128729

[6] 直立説と「カタワのサル」説を論理整合性で比較すると・・・: http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=129079

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