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2008年11月07日

騎馬民族は来たのか?(序) 『東北アジア騎馬民族系王朝の日本征服・大和朝廷樹立説』の登場

>古墳時代に「騎馬民族はやってきたのか」については、来なかった説が最近の通説のようです。本当でしょうか?渡来人の支配システムや同化・融合を検証する意味でも面白いテーマです。<

岡さんの『課題の中間整理』に沿って、まず「騎馬民族が来た」説を提起した江上波夫氏の『騎馬民族国家』について押えておきたい。

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日本人の起源を探る力作サイト『日本人の源流を探して』では、以下のように評されている。

騎馬民族征服王朝説の登場

 太平洋戦争終結後まもない1948年、「空白の4世紀」「謎の4世紀」と呼ばれる中国の史料から姿を消したこの(日本)列島に、突然いままでになかった馬具が大量に古墳に副葬され始めた、といったわずかな考古学情報を手がかりとして構想した壮大な仮説、正式名称は「東北アジア騎馬民族系王朝の日本征服・統一国家(大和朝廷)樹立説」が、少壮の東大教授であった江上波夫から提起された。

 戦前の皇国史観からようやく解放されて、実証的歴史観をどのように打ち立てようかと学界が暗中模索の頃のことであった。
 万世一系の天皇家が日本古来の出自ではなく、4世紀に日本を征服した東北アジア騎馬民族系の出自だったという破天荒な新学説はさぞかし当時の人々を驚かせたことだろう。

 江上は言っている。こういう学説というものは多くの裏づけがあって提起できるものではない。僅かの事実から深い洞察で構想されるものであると。従って、ミッシングリンクが数多くあると。
 この砂上の楼閣ともいえる学説はその後の新たな遺跡の発掘や遺物の出土によって裏付けられてますます確かなものになったと江上は言う。

 ついには佐原真と江上波夫との「騎馬民族は来た、来ない」という大論争にまで発展した。それだけに考古学に普段は興味のない一般の人々にまで常識として知られる学説となった。
 江上は騎馬民族説を提示して19年後の1967年、「騎馬民族国家」(中公新書)を著し、更に24年後の1991年改訂版を出している。

説の骨子については次投稿で、乞うご期待 m051

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