骨が語る古代の家族と社会1 家族・親族の歴史的意義 [1]の続きで、いよいよ墓地被葬者の歯冠計測値による分析ではどのような親族関係が得られたか、田中良之著『骨が語る古代の家族-親族と社会』(2008年)より紹介しましょう。今回は縄文時代の分析事例です。ただ著者は古墳時代を主な調査対象にしているので事例は少ないです。
基層をなした双系社会~縄文時代の親族関係
伊川津貝塚(愛知県海岸部)縄文晩期
(愛知県渥美町の縄文貝塚 [2]に遺跡の紹介があるので参考に。)
墓地被葬者の内、少なくとも男性に血縁者が含まれていた。よって結婚後も男性が集団にとどまる夫方居住婚か、嫁取りと婿取りの双方が混在する選択居住婚(※)のどちらかであることが分るが、女性同士の有効な値が得られていないので、夫方居住婚と断定することはできない。従って、少なくとも双系の社会であり、父系の可能性を残すという判断になる。
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by岡
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津雲貝塚(岡山県笠岡市)縄文晩期
(岡山県笠岡市の津雲貝塚 [4]に遺跡の紹介があるので参考に。)
男女とも血縁者が含まれ、男同士、女同士の値にもほとんど差はない。よって選択居住婚(※)であり、双系の社会であったと考えてよい。

写真は津雲貝塚の人骨。縄文人の埋葬骨 [5]よりお借りしました。
中妻貝塚(茨城県)縄文後期・晩期
男性同士でも女性同士でも血縁関係を示す高い値が得られているので、関東地方においても双系の社会であった可能性が高い。

写真は中妻貝塚出土の再葬人骨。奈良・大阪の古墳巡り! [6]よりお借りしました。
選択居住婚(※引用者注)
双系社会とは、結婚に伴う移籍を前提とすると「選択居住婚」となるが、移籍しない、つまり通い婚(男が通ってくる)の可能性もあり、兄弟姉妹が同墓地に埋葬されていることからも、その可能性のほうが高いと考えられる。
また、縄文集落が住居も墓地も二つに分かれて構成されていたことが明らかになっているので、二つの親族集団(半族)間で外婚制が成立していたとすれば、移籍の必要性はますます無いことになる。
とすれば、子供は男女とも母親の集団の元に留まることになるので、双系社会とは実質的には母系社会ということができるのではないだろうか。