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日本人形成のシナリオ【叩き台】紹介

Posted By nandeyanen On 2009年5月18日 @ 1:14 AM In F 日本人の起源 | 6 Comments

日本列島からは、縄文時代(約15,400年前~)よりも古い旧石器時代の人骨は少ししか発見されていないそうです。しかも、そのほとんどが断片的なもので、かつ、未だに年代や形態が本当に旧石器時代人のものかどうか?疑われているものも含まれているそうです。
(本州では「明石原人」と呼ばれる人骨も見つかっていますが、原人かどうか?ハッキリする前に戦禍で失われたそうです。)
当ブログで追求中の“縄文人の祖先”としては、沖縄で発見された『港川人』と呼ばれる人骨(約2万年前)が最も有力な候補だそうですが、これにも異論があるようです。
港川人は『縄文人≒南方起源説』の根拠になっているようですが、彼らと縄文人のつながりについても確かでないというのでは、定説に成り得てないようですね。
いずれにしろ“日本人の形成過程”については、学界あげて「再構築を要する課題」ということで、以前に紹介した人類学界の最新研究プロジェクト『更新世から縄文・弥生期にかけての日本人の変遷に関する総合的研究』 [1]も動いているようです。
[2]←続きの前に応援よろしくお願いします。


本日は上記研究のホームページ [3]から、
現代日本人形成過程のシナリオ【叩き台】~2005年科学博物館特別展で示された考え方~
について紹介しておきたいと思います。

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上図①②アフリカで現代人(ホモ・サピエンス)にまで進化した集団の一部が、約6~3万年前、東南アジアや東アジアへやって来て、その地の後期更新世人類となった。
上図③④更新世の終わり頃、約1万年前までに、東アジアや東南アジアの後期更新世人類が日本列島に到達し、その子孫が日本列島全体に広がって縄文時代人となった。
上図同じく更新世の終わり頃、北方からも日本列島へ移住があり、それが縄文時代人の形質に地理的勾配を生じさせたかもしれない。
上図後期更新世のいつの頃か、もとはと言えば縄文時代人などとルーツは同じだがシベリアや北アジアで寒冷地適応した集団が東進南下し、少なくとも6000年前までには中国北東部、朝鮮、中国の黄河流域・江南地域などに分布して、その地域の新石器時代人となった
上図⑦⑧縄文時代の終わり頃、中国北東部から江南地域にかけて住んでいた人びとの一部が朝鮮半島経由で西日本に渡来し、先住の縄文時代人と一部混血しながら、広く日本列島に拡散した
これが弥生時代以降の本土日本人の祖先である。この渡来民は沖縄の人びとにも遺伝的影響を与えたが、アイヌの人びとにはあまり影響しなかった。アイヌは縄文時代人が少しずつ変化して生じた人びとである。
以上のように、このシナリオは本土日本人に関しては「混血説」ということになります。

いかがでしたか?
2005年に提起された叩き台ということで、最新のDNA分析成果までは盛込まれていないのかも知れませんが、大筋は間違ってなさそう…と思ってしまうと追求の矛先が鈍ります。
学者さんたちに負けないよう、「なんで?思考」で追求していきましょう!!


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[1] 『更新世から縄文・弥生期にかけての日本人の変遷に関する総合的研究』: http://research.kahaku.go.jp/department/anth/s-hp/index.html

[2] Image: http://bbs.jinruisi.net/blog" target=

[3] 上記研究のホームページ: http://research.kahaku.go.jp/department/anth/s-hp/s14.html

[4] Image: http://bbs.jinruisi.net/blog/%E6%B8%A1%E6%9D%A5%E7%B5%8C%E8%B7%AF.html

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