
もうすぐ海開き
海といえば沖縄
ということで(?)、今回は琉球の婚姻についての文章をご紹介します。
まずは、いつもの応援をよろしくお願いします 
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※写真は、琉球結婚式の様子です。琉球村ニービチ [2]さんからお借りしました。現在は、琉球の衣装を来て旧い儀式の作法で挙式する「琉球結婚式」として人気があるようですね 
◎琉球に残存せる団体婚の遺風
琉球国頭郡金武村では、昔は二合酒で結婚の相談をすますと、二十歳頃までは夫婦共に他の友達男女と一緒にユナビサ屋に出て遊び二十歳以後に始めて夫婦二人きりになる。毎年九月に一回、ブリニービチ(ブリは群ニービチは根引)ということが行われ、村中あちらでもこちらでも同時に結婚式が行われた。この事は三十年前まで存していた。
沖縄大百科 [3]さんによると、
【ニービチ】 結婚、婚礼のこと。由来は諸説あるが「根引き」が語源とされ、ニービチは根引きの方言読み。結婚を迫られた女は木にしがみ付き、男の求婚を拒んだ。ぜひとも妻にしたいと思った男は、木の根っこごと引っこ抜き、妻にしたという。
とのことです。「根引き」には、遊女・芸妓などを身請けするという意味もあります。
結婚が、個人と個人の契約ではなく、集団の中の営みの一部だったということのあらわれだと思います。
◎婚姻の儀式に残れる母権時代の古俗
琉球では婚礼の折に、新婿が新嫁の家の神ともいうべき火の神を拝む儀式のあることは本文中にも載せて置いたが、更に「南島研究」の婚姻風俗号によると、那覇では饗宴が終わると、花婿は再び八巻(内地の頭巾様のものであるが、身分階級を示すものである)を被り、花嫁の家人の案内でウスムトゥ(オスモトの転化で台所の意)に行き、そこの竈(かまど)の上に祭ってある火の神を礼拝する。その時、予め運んである瓶子の酒を供えるのである。
次いで花嫁の母親のところへ伴われて行き、母親との最初の盃事が行われる。その折に傍らの者が花婿にアンマーサー(お母さん)と言わせる。母親との盃事が済むと、近親の女の人々と同じく盃事がある。それが終わると瓶子の酒はいくら残っていても、すっかり空けてしまうことになっている(以上摘要)。
この記事は種々なる暗示を投じているが、その中でも新婿が母親とのみ盃事して、父親とこれをせぬ一事は、古く琉球に母権制度が行われていて、女子(男の子もそうであったろうが)の身分は母親に属していたことを証拠立てるものとして考えたいのである。
琉球国民は本邦民族の分れであって言語も風俗も習慣も、元は全く同じものであったのが、遠く海を隔てて生活する間に殆ど別な民族のように思われるまで変化してしまったが、しかし仔細に克明に研究するとき、内地の古語や古俗がそのまま琉球に存していることが発見されるのである。この意味から言って琉球は土俗学上の宝庫であると信じている。この母親と花婿との盃事の古俗などは殊に珍重すべき資料である。
結婚の儀式に父親が出てこないのが驚き
ですが、母系制と考えるとすっきりします。父親ではなく母親で血縁が繋がっており、子の身分は母親に属している。だから、結婚するとはすなわち、婿が嫁の母親に許してもらってその家に入ること。かまどの神様にまず許してもらい、母親に許してもらい、次いで女たちに許してもらうという手順になるんですね。