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現在のタイ ~婚姻習俗の概観~

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皆さん、こんばんは。
ちょっと前に、現存する母系的少数民族のカレン族について報告しました。なかなか興味深い風習を残した民族。カレン族については「こちら」 [1]をご覧下さい。
さて、今日は、同じ現在のタイでも地域的にではなく、婚姻風習全般についての報告です。
大東文化大学 国際関係学部のHP内の「結婚考:タイ―新旧結婚式比鮫」 [2]様より引用させていただきます。


■重層化するタイの婚姻習俗

タイの婚姻制度は以下の四つの要素が地域的に相違しつつ、また文化的に重層化しながら、複雑に入りまじっている。①固有の伝統的婚姻習俗、②インド(バラモン教、仏教)、中国などからの婚姻慣習、③近代に入っての欧米式婚姻慣習、④そして現代、上記の三要素を下敷きに、新たに出現しつつある婚姻慣習である。
①から④は歴史的プロセスとしてみることができる一方、タイの地域毎に多様さをも与えている。①の伝統的婚姻習俗は、主に農村部にみられるが、近代の交通機関の発達で急速に姿を消しつつある。その名残りを、地理的、文化的に孤立した人々、例えばタイ北部の少数民族と称される一部の山地民の間にみることができる。固有の習俗はその後、②のインド、中国からの習俗と接触、混交し、時として両者の区別づけはむずかしくなっている。③、④は伝統的習俗とインド、中国等の習俗に後に重なって出現しているが、一般に貴族、官吏等の新興エリート階層、都市住民の間で受入れられてきた。

現在の日本は、地域的な婚姻習俗は一定は存在はすると思いますが、それほど強い隔たりはなく平準化していると思われます。
一方、タイの場合は、都市住民の中で日本と同様の平準化が起こりつつも、地域性、時代性を色濃く反映した伝統習俗が残存する社会なのですね。察するに、おそらく日本の昔もそのような状況だったのだと思います。
■出会いから結婚へ

タイの法律によれば、男女はともに17歳に達すると婚姻が許され、結婚後は妻は夫の姓を名乗る。タイの若い男女は昔から、田植えや稲刈りなどの農作業を通じて、あるいは寺の集会場などで知り合い、かなり自由に相手を選ぶ機会をもっていた。しかし交通手段の発達した今と違い、こうした出会いは一方で、交際できる範囲が自然と限られ、狭い村内の結婚が主流となっていた。
慎みを求める社会;求婚は比較的自由だったが、女性は何事につけ慎み深い女性であるように小さい時から教育されていた。愛のサインも言葉より、目で送らなければならない等の社会的規制があった。
現代はそれ程ではないにしても、タイの社会では今も一般に、性に関するあからさまな話を嫌う風土である。普通のタイ人女性なら人前で肌を見せたがらないし、未婚の男女が、人前で互いの身体に触れることはない。若者が結婚前に娘の体に触れてはならない等の約束事が道徳的に存在している。しかしこうした心理的規制も、バンコクのような大都会ではかなりの程度、変化をみせてきているが、上流階級の間では依然、目にすることができる。
農村では性的な会話は割に開放的であり、子供も性知識をかなり早くから身につけている。タイの農村では人々は、比較的早婚である。男は平均22.3歳、女は17.8歳になると結婚の相手を探す。女子は遅くとも20歳までには結婚する。男子は満20歳になると農閑期(雨期の3ヵ月間)に出家して、寺院で仏僧として修業、その後還俗する。娘の方でも出家の経験ある若者を「熟した人間」(コン・スック)として配偶者に選ぶことを好む。昔の人と言うのは10人中、9人までが仏門入りを果たしていた。一通りのことにわきまえていた。それだけに、未だ仏門をくぐっていない者、「半人前の人間」(コン・ディップ)に娘をやることを親は嫌ったのである。
日本語には「適齢期」という言葉があり、「もうそろそろ相手を見つけなくては」などと周囲も本人もやきもきするが、タイ語にはそのような言葉はない。以前は、ひとたび青年期に達すれば、慣習に基づき結婚をしないのは大いに恥ずべき事とみなされ、「取り残された者」(コン・カーング)と呼ばれたものだが、しかし今、特に都会では、そのような規制もなく、あくまで自分が主体となってきている。
但し勿論、タイ語には「売れ残り」という俗語があり、日本と同じように、女性が年を取ると結婚相手が見つけにくいことから、早いところ適当な相手を選んだ方がいいという考え方もある。
交際が進んで、二人の意志が固まれば「間を取り持つ人」(タオ・ゲェー・タープターム)を間に立てて話をまとめてもらう。

性を秘匿とする風土は、多くの地域で見られることかと思います。それは、おそらく宗教による規範的側面が大きいのでしょう。従って、祖霊信仰などの宗教とは別個の信仰心が残る地方の農村部では、性に対する秘匿規範も薄いといえると推察します。
■婚姻後は

結婚後の住居方式についてだが、地域によって差異はみられるものの、新しいカップルが新郎側あるいは新婦側の家で暮らすかの選択の余地があるのは、都会や町に限られている。都会や町を一歩出れば、新郎たる者はすべからく、新婦の家へ行って暮らす(妻方居住)のが一般的とされている。新婦が新郎の家へ行って暮らすのは、新婦にはとても決まりの悪いことだと見なされている。

かつてのタイは、全般的に母系制であったことが推察できますね。
おそらく、今後のタイは、市場化・欧米化路線に乗って婚姻習俗も欧米化・平準化していくことになると思います。しかし、戦後の日本のように、短期間で一気に欧米化していくかというとそうではないと考えます。交通網やインフラ整備されようとも、地続きの他国や周辺の他民族など、周りからの影響が残り続けると思うからです。
これとは別のコンテンツだと、タイ政府は、戸籍制度など国家の基盤システムの統一をがんばってすすめているようです。しかし、なかなか進まないのが現状とのこと。国家基盤に乗らなくても生活できる限り、共同体としての民族とその共認内容は、なかなかなくならないということではないでしょうか。
そう考えると、文明開化後、もしくは、戦後日本の一変ぶりが世界でも特異なものに思えてきました。
島国=他所との隔絶、単一民族・・・・・・色々な原因は思いつきますが、皆の共認内容が短期間に一変するのは、なかなか変わっていかないタイの事例と比較して、全く違います。なんでなのでしょう?
日本のことが気になってきてしまいました。

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