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「婚活」は、日本婚姻史のターニングポイントか?

『「婚活」時代』山田昌弘・白川桃子著 
が2008年6月頃出版されて、『婚活』と言う言葉が話題になった。だけど、一次的なはやり言葉で、直ぐに忘れ去られてしまうだろうと思っていた。
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しかし、どんどんと、その勢力は増してきている。テレビドラマや雑誌に掲載されて、今や『婚活』流行である。
直ぐに廃れないで『婚活』が繁殖するのは時代のニーズに合っているからに違いない。
それは一体なんだろう?ということで、我々『婚姻史研究グループ』は、議論を行った。
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<現象>
・結婚相手を探す為に、就活ならぬ『婚活』する女性(男性も)が増えている。
・それが、どんどんと支持されて拡大中である。
<日本婚姻の時代変化を俯瞰してみる>
明治~終戦     家長制度で父親が結婚の許可権を所有(結婚は集団の行為)
終戦後~1970年  憲法で個人の意思で結婚可能に(制度上は個人だが、殆どが見合い婚)
1970年~2000年 ‘70年に見合婚(集団)<恋愛婚(個人)→バブルで個人(自我)が暴発
2000年~2007年  未婚、晩婚 →結婚を避ける傾向に
2008年~      『婚活』
何が見えてくるでしょうか?
注目点は、<集団 → 個人 >の流れです。
元来の結婚は集団に許可権があったのが、個人の自由にすると言う「恋愛」婚に移行して行く経緯を、順を追って確認してみましょう。
昔の農村では嫁は労働力として期待され、さらに子孫を残す出産の期待を受けて嫁に迎えられます。
ですから、結婚は個人の課題ではなく集団の期待の上で行われる「実生活」そのものです。
その延長で、明治以降も家族制度の中での結婚です。結婚は「家」と「家」との関係ですから家長が権限を持っていました。そして殆どが、見合い婚です。
戦後1945年以降に、民主主義化と供に集団<個人の傾向が強くなりなす。生産力が上がって貧困が消滅した1970年ごろには「恋愛婚」が主流になりました。
Cf.見合婚<恋愛婚がちょうど1970年ごろに逆転して、以降一気に見合婚がなくなってしまいます。
さらに、市場が拡大してバブルに至ると、結婚は完全に個人意思で行われる時代になりました。
そして、バブル時期は自我むき出しの男女が「フィーバー」の恋愛を謳歌したのです。
しかし、自我むき出しの、駆け引きの激しい「恋愛」に疲れて、時代は結婚忌避になります。
また、経済的に独立した男子と女子が付き合っても、子供でも出来ない限り結婚する必然性がないなどと言われました。
「非婚」「晩婚」の時代です。
私達は、このまま結婚しない男女が増えるのだろうと思っていました。
しかし、ここで日本婚姻史上、最大のターニングポイント(?)が来ます。
女性たちが、結婚したいと表明し始めたのです!
『婚活』とは、男子と同じ仕事について独立した経済力を持つべきであると言う思考からは「非婚」にしかいたりません。しかし、若い女性たちは、その様な考えから開放されて、「やっぱり結婚したい」と言い始めたのです。
何故でしょうか??  一体何が起こったのでしょうか??
私たちの推察は、以下です。
収束不全
歴史的な流れでは、集団から結婚の自由を勝ち取って来た結果、バラバラの個人、男女平等の「男」と「女」が残りました。
男女平等で大学を出た女性が総合職で就職し、男と同じ会社で仕事競争してみても、ちっとも充足しないと思い始めた。一人住まいでいると、その思いは女性のほうがはるかに大きいのだろうと思われます。
若い女性たちは、既に「総合職」などには興味を持たなくなりつつあります。男と同じ競争社会での一人生活では、将来の可能性を見出さない。分かち合える相手が居なくて個人で生きていく事の、非充足感を理解したのだと思う。
そして彼女達は、分かり合える相手との共認充足を求めて「家族」収束に向かったのだと思われます。
今までは、集団から個人へのベクトルだった方向を、現代女性は個人から集団へ、改めて舵を切ったと思われます。

彼女達の役割を担える集団は、一番目先にある「家庭」であり、「結婚」に向かい始めたのでしょう。
以前は、自我を隠しながらの性幻想を撒き散らす「挑発」だったので、結婚活動など恥ずかしかったが、今や女の役割を果たして共認充足を得たいという「婚活」は恥ずかしさなど感じないのかもしれません。
女性の大きな役割の一つの「出産」もその「家庭」で担える事を期待しているのでしょう。
次の課題は、彼女達が向かう「結婚」「家族」の場は、消費のみの生産がない偏った閉鎖空間で、彼女達が望んでる環境とは言えない状況にあります。
新しい「男女関係」「家族関係」「地域コミュニティー」などが求められています。
最近では『友達と楽しむ友達と“大家族”』(6/20日経新聞)で子育てをするなど、新たな仲間関係が模索されています。

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