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中山太郎の「日本婚姻史」から~団体婚~☆4☆「おかあさ~ん。。」と言うのは何で?

Posted By mori-ma On 2009年9月3日 @ 9:15 PM In E 8 日本 | 8 Comments

p_izanagi.jpg9月に入ってすっかり秋めいてきましたね
さて、前回 [1]に引き続き、母権制度と団体婚との関係について、「言葉」から考察した部分をご紹介します。
ではでは続きを読む前に、今日も応援をよろしくお願いします
[2] 

言語から見る母権制度の痕跡

 わが国古語では、男女の両性を連称する場合には、概して女性を先にし男性を後にするのを習いとしている。例えば諾冊二尊(だくさつにそん、イザナギ・イザナミのこと)が国土を生む條にも『ここに陰陽始めて遘合夫婦となす』と言い、さらに諾冊二尊を『妹背二柱』とも言っている。
 さらに人の代に降っても両親というべき場合に『母父(おもちち)』と称して女性を先にし、舅姑というべきを特に『姑舅(いもせ)』と逆にいう。夫婦というべきを『女夫(めおと)』と男性を後にするなど、その例は決して乏しくない。

 かく女性に重く男性に軽い言語の生じたのは、すなわちこの言語の生じた時代が母権時代であったためである。琉球本島では現に夫婦のことを『とうじみーと』と言っているが、これは刀自・夫婦の意であるから重言にはなっているものの、ここでも女性が先になって男性が後になっているのである。

 「めおと」は、現代では「夫婦」と書きますが、元々は「女夫」だったんですね 男女どちらが先かなんてあまり深く考えたことはなかったですが、「はっきり分かるのは母親だけ」という状態ですから、母親が中心=先になるのも頷けます。
 引き続きご紹介します。

 なお奥里将建氏はこれに関し、その著『琉球人の見たる古事記と万葉』において、大体下記の如く論じている。
 オモは元来乳を与えて養育するものだと諸学者は言っているが、沖縄ではオモそのままあるいはアモーアムーと単に母のことを言っている地方もある。
 琉球の標準語としてはアンマーと言っているが、アモの転訛した語であろう(中略)。首里の士流ではアンマーとは言わずにアヤーと言っているが、これはオヤの転訛であろう。オヤと言う語は母親一人を呼んだ語で、決して後代のごとく父親も併せてオヤと言うことはなかったらしい。オヤと言う語が母性中心時代の古代の社会の面影を偲ばしめるごとく、琉球語のアヤーと言う語も古代の母性中心時代の社会組織を説明して余りある語であろう(中略)。
 琉球で男性と女性とを併せ呼ぶ場合に、ライナグヰキガ(女男)、ミームンヲームン(雌雄)、ミート(婦夫)等と、きっと、男性よりも女性を先にして呼ぶようになっている。これ等も女性中心時代の社会の状態を雄弁に語るものであろう云々。
 琉球人が物に吃驚した場合には、いかなる大人でもアンマーヨーと大声を発してまず母親を呼び、決して父親を呼ぶことをしない。これも太古の子供が、専ら母性の手一つで養育せられていたことを語るに足りる資料であろう云々。

 この論旨は直ちにわが内地の古語のそれにも適用されるのであって、これ等の古語の存在はわが国においても大昔に母系制度の行なわれていたことを示唆するものである。

 確かに、日本人は、困ったとき・追い詰められたときに、「おかあさ~ん 」って言いますね(西洋人は「神様~ 」って言うようですが…)。「おとうさ~ん」って言う話はあんまりきかないです。
 「女が先で男が後」というよりは、性や子育ての過程においては、女が主導権を握っていたということの証という気がしますね
 次回は、「巫女さんの相続法」という、ちょっと珍しいテーマについてご紹介したいと思います。今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございます


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