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シリーズ「私婚関係から私権の共認へ-Vol.2」 ~実現論 第二部:私権時代より-⑦~

シリーズ「私婚関係から私権の共認へ-Vol.2」の7回目です。
これまで【~実現論 第二部:私権時代より】①から⑥までを使ってきました。
今回は実現論「第二部:私権時代 ロ.私権文明を問い直す。 「東洋と西洋」が終わり、いよいよ佳境の「私婚関係から私権の共認へ」を扱います。
集団を構成することで、人類は様々な不全を克服し生き残ってきました。
 が、その本源集団を解体してしまった。(=パンドラの箱を開けてしまった)
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「パンドラの箱」~ウキペディアの「パンドーラー」から~
  人類はどうなるのでしょうか?
  男女関係はどうなるのでしょうか?

パンドラの箱を開け、性闘争=縄張り闘争を顕現させて終った以上、そして本源集団を解体し、本源共認を破壊して、モグラの性闘争=縄張り闘争の本能の次元まで後退して終った以上、人類は原猿と同じく雌雄解脱共認の形成から共認を再構築してゆくしかない。
ところが、掠奪闘争によって人類の雌雄関係=婚姻関係は、一変して終った。本源集団が破壊され、性=婚姻の相手を定めていた婚姻規範が消滅して終った結果性=婚姻は私的な選択に任されることになって終ったのである。性が、無政府的で本能的な性闘争に任されることに成ったとも言える。

集団による性 ⇒ 私的選択の性へ
本源集団では、男女関係(≒性)も仲間の規範で分配されていた。
他部族(≒同類仲間)から、掠奪闘争する文化は仲間規範を一変させた。
「性」も、集団規範でなく、奪い合いの対象となった。

しかし、性の私的な選択の場では、男女の性闘争本能の強弱差から、必然的に女の性に強い価値が生じる。しかも、闘いが無くなり生産基盤も安定してくると、男たちは解脱収束を強め、性欠乏を更に肥大させてゆく。他方、私的な婚姻関係は、女の性的自我をますます肥大させてゆく。
そこで、本源集団=母系集団という安定した存在基盤を失い、性的自我に収束した女たちは、性を武器にして己の存在権を確保する方向に(つまり自ら性の商人となる方向に)、可能性収束=性的需要収束してゆく。
そして、男たちを挑発しつつ性封鎖(供給制限)して、自分たちの性が「滅多なことでは売れない」「この上なく高価なものである」という性幻想を捏造する。何しろ女は、自分で自分を「至上のもの」と思い込んだら終いで、男たちは女の思い込みに基づくこの期待に応望しようとすれば、女と同じ様に「至上のものなんだ」と思い込み共認するしかない。
こうして、性的商品価値(=性資本)の共認がいったん形成されると、それを手に入れる為に男は、女の好き嫌いやあれこれの要求にも迎合し、女に合わせて同じ様に思い込み共認してゆくしかなくなる。しかも、それは最基底の男女解脱共認であり、それを覆すことはもはや誰にも出来ない。

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「静岡まつり」(花魁道中)からおかりしました。

権力とは、否も応も無く人々を従わせることのできる力であるとすれば、女の性資本(性的商品価値)や選択権は、紛れもなく男たちを否応なく従わせることのできる権力=性権力であり、この権力を共認した以上、全ての男は否応なく女(性権力)に迎合せざるを得なくなる。
この女の性権(性資本)こそ私権の原点を成すものである。
もちろん、人々を否応無く従わせることの出来るもう一つの権力=男たちの武力との力関係によって、必ずしも常に性権力が絶対者に成る訳ではない。しかし、男たちが解脱(性)収束を強めてゆくにつれ、性権力は武力をも凌ぐ力を持つ様になってゆくのである。

なんと、集団規範が壊れて、好き勝手に出来る男女が発現。
まず女が「性権力」を持つことになる。
追認した男は、女の性を獲得する為に権力闘争に走り私権闘争が激化。
次回は、具体的に「性権力」が拡大していく過程と、その婚姻制度について見ていきましょう。

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