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【人類婚姻史を構造化する】4~採取生産時代の婚姻と近親婚のタブー~

Posted By saito On 2011年12月24日 @ 1:24 PM In E 1 全般 | 126 Comments

みなさん、MerryChristmas!!
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クリスマスツリー画像はこちら [1] 
 
と、クリスマス気分を醸し出したところで、【人類婚姻史を構造化する】の第4回目です。
 
今回は<地上時代(採取・漁労・狩猟時代):約1万年前~>採取・漁労・狩猟生産時代(初期)の婚姻様式を見ていきます。
 
  
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何故、ラムセスⅡ世が…?画像はこちら [2]よりお借りしました。


今回は下図の赤で囲まれた部分を扱います。
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この間「人類の婚姻様式を規定するのは『みんなの最大期待⇒集団や社会の統合軸』である」をテーマに考えてきています。
 
早速、<地上時代(採取・漁労・狩猟時代):約1万年前~>の外圧状況から見ていきます。
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画像はこちら [4]から
 
■採取・漁労・狩猟生産時代(初期)
 
弓矢の発明により、外敵と同等以上に闘えるようになり、地上に進出。自然外圧は極限時代の想像を絶する圧力状況から、著しく低下することになり、忽ち外敵を駆逐して繁殖していきます。
 
このうち、北アジア、北米など北方を中心とした地域では、狩猟生産が中心となり、温暖な地域では狩猟生産から、採取・漁労生産が中心となっていきます。
 
採取・漁労・狩猟生産時代の初期は、まだまだ人類の数は少なく、集団規模も小さかったと考えられ、自分達の集団以外の同類と接触することは殆ど有りませんでした。
 
狩猟生産が中心であった北方地域は自然圧力が依然として厳しい状況でしたが、南方を中心とした採取・漁労生産集団では自然外圧は無いに等しく(食料も豊富で飢えることもまずない)、同類圧力も殆どゼロの無圧力状況でした。

■採取・漁労・狩猟生産時代(後期)
 
その後も人類は急速に繁殖。その結果、集団規模の拡大と分化が繰り返えされ、同類同士の圧力、同類闘争の潜在的な緊張圧力が働き始めます。
 
男はそれまでと同様、縄張り防衛=狩猟生産を担い、女は男たちによって守られた安全域で木の実や貝等を採集していました。更に防衛力が強化されるとより食料が採集しやすいエリアにも進出できるようになります。特に南方の集団では男の狩猟生産は形骸化し、女の採集物が主要な食料となっていきます。この段階では北方狩猟民族は首勇集中婚、南方採集部族では乱交化したものと考えられます。

 
ここでのみんなの最大期待は、自然外圧の高い北方狩猟民族では「狩の能力」=男の闘争能力、南方採集部族では障害が殆ど無い「充足」の期待だったと考えられます。
 
●集団の拡大⇒分化
  
物理的な縄張りの範囲や集団の人数の両方が拡大すると、互いの共認充足が困難になるため、集団を分化する動きが出てきます。この分化が繰り返し行われますが、この結果血縁を基準に分割された単位集団=氏族が登場します。
 
氏族は、分化の基準となる血縁に従って母系集団となります。婚姻は極限時代の全員婚が継続されることによって結果として単位集団内での全員=兄妹婚となっていったと考えられます。
 
※現存の採集部族や縄文人の末裔である日本人にもチャネリング回路は残っている様です。一方勇士婚の歴史の長い狩猟部族はチャネリング能力を失っている恐れがあります。
 
この兄妹婚の事例には、以下のようなものがあります。
 
〔ベネズエラ海岸地方の諸部族〕
最初に訪れた航海者の記録によると、160 人を収容する共有の大家屋に住み、望むだけの妻を娶り、夫を迎え、欲するがままに相互に棄てるが、それを少しも不正とは思っておらず、嫉妬も存在しない。
〔ポリネシア〕
マレー制度の事例で、集団内において実の兄弟姉妹の雑婚が行われていたことを示す。全ての血縁関係を、両親、子供、祖父母、孫、兄弟姉妹の5つの語で表現し、父母の兄弟姉妹は全て自分の父母、その子供たちは全て自分の子供、その子供たちは全て自分の孫とされる。即ち、男にとって姉妹とは、全て自分の妻であると同時に兄弟の妻であり、自分の子と兄弟の子を判別するのは不可能であるから、全て自分の子供となる。女の場合には、自分の子供と姉妹の子供の識別が可能であるが、実母と継母は区別されないので、全て自分の子供となる。
〔発見当時のハワイ・トンガ 〕
発見当時は、実の兄弟姉妹間の婚姻が行われており、交叉婚に移行した後も、兄弟の妻、妻の姉妹を“我が妻”と呼び、夫の兄弟を“我が夫”と呼ぶ慣習が残っていた。
 
これら血族婚の実態は血族集団内の乱交制であり兄弟婚の他に父子婚、母子婚もあったはずです。所謂「近親婚」ですが、近親婚と聞くと大半の方々は現代におけるタブーを思い浮かべるでしょう。
今回はそのタブーについても考えて見ようと思います。
☆近親婚のタブー
実は近親婚のタブーが何故いつから存在するのかについて明確な説明や理論は今のところ有りません。Wikipediaの記事を参照してみます。
 

クロード・レヴィ=ストロースは『親族の基本構造』において、族外婚の推奨のために近親相姦を禁止したと主張した。
 
常染色体劣性遺伝の疾患は、異なる系統との交配ではホモ結合せず、発現しない可能性が高いが、近親交配の場合は発現する頻度が高くなる。この理論は血縁者同士での妊娠確率の低下、出来た子供の死産や乳児期死亡、先天的奇形、知的障害の確率が高くなるという事実により支持される
 
自分に属している物を自らに禁じる者が行う留保により、尊重と慎みと遠慮が暴力性に打ち勝つような世界の雰囲気を作り出すために、近親相姦のタブーは存在するとみなし、近親相姦を行わないことによって人間性というものを生み出している
 
インセスト・タブー [5]
 
他には
 
ハヴロック・エリス 幼少期から慣れ親しんだ相手に対して性的興奮が起こりにくい
 
1891年 エドワード・ウェスターマーク(フィンランド)自らの著書『人類婚姻史』で幼少期から慣れ親しんだ相手に対して性的興奮が起こりにくいのは近親者同士の性的嫌悪にこそあり、この発展形が族外婚の規律であると主張
 
ジークムント・フロイト 精神分析学を創始。『Totem and Taboo』で「近親相姦を避ける傾向が備わっているなら何故タブー視して抑制せねばならないのか」と批判。
 
デュルケームは社会的文脈を無視しているとフロイトを非難。
リーバーマンらは初期の批判者が、検証によってではなく政治と知的流行に基づいて退けたと指摘。その後の人類学者からはほとんどウェスターマークの学説は無視され、人間社会における近親者間の性交回避傾向は長期に亘って議論の対象にすらならず、実証されることはなかった。
 
ウェスターマーク効果 [6]

 
結局、まともに研究したことが殆ど無いようです。改めて、全員婚から自然に生じる近親婚に対して敢えてこれを禁止する理由は何だったのでしょうか?
 
「禁止」とは、意図的な規範や制度ですので自然発生したものでは有りません。これを踏まえて考えられることは以下の三点位でしょうか?
 
①グループ内の全員婚によって高じる集団の閉鎖性や無圧力による活力低下などを回避する為、他グループとの交流(族外婚※次回ご紹介します)を推進する
②高まる同類圧力に対抗する同盟関係を強化する為族外婚を推進する
③その後の私権時代に生じる皇位や私有の権利を手にする為、近親婚を政略的に禁止し血族以外の族外婚を推進する(※③はもっと後のことですので又別に扱います。)

 
この頃(採取・漁労・狩猟生産時代)のみんなの最大期待は、外圧が低下して集団統合が難しくなる一方、増え続ける同じような近隣集団に対してどのように接していけば充足を得られるか?と言うことだったのではないでしょうか?その意味では、大衆の大半は族外であっても乱交状態(全員婚)だったように思います。
 
このように考えると、自然発生的な充足発の婚姻(全員婚、兄弟婚)から、次第に他集団との関わりを意識するようになったことで族外婚が推奨される段階が有ったのだろうと思います。集団間の充足期待を実現する為の他集団との交流、交歓が族外婚へと向かうきっかけだったと思います。
  
なお、こうした族外婚の推奨と、現代的な近親婚のタブーは、実は全く異なるものではなかろうかと思います。その様に思えるのは、婚姻があくまで集団の統合期待であったことに対して、その後の私権時代では位階や財産を継承する正当性の根拠づけの為に行なわれる政略結婚など、権力の収奪に婚姻が利用されていくなどしているからです。
 
言い換えれば、これまでの自然と充足に根ざした婚姻が、次第に集団統合の様式(若しくは規範)に変わっていく過程と、更にその何年も後で私権の実現のために婚姻(制度)を利用するという別の過程がある、と言うではなかろうか、と思います。
※因みにエジプトの有名はファラオ、ラムセスⅡ世は多くの王妃や側室を持っていたようですが中には娘を嫁にする親子婚もあったと伝えられています。
 
合わせてこちらもどうぞ
近親婚について
兄弟婚や交叉婚は、乱婚ではなく「集団婚」と捉えた方がいい [7]


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[4] こちら: http://kodaisi.gozaru.jp/kitanokodaisiB/kitanokodaisiB/settkijidai/settkijidai.html

[5] インセスト・タブー: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%83%96%E3%83%BC

[6] ウェスターマーク効果: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AF%E5%8A%B9%E6%9E%9C

[7] 兄弟婚や交叉婚は、乱婚ではなく「集団婚」と捉えた方がいい: http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=20835

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