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婚姻史を追求する基本スタンス

前回の「婚姻史を追求する理由」にもあるように、社会は全面閉塞に陥り人類滅亡の危機を皆が感じてきています。もはや自分だけの課題ではなく、みんなに共通の普遍的な課題です。また、表現することで飯を喰っている学者のように古い価値観や常識にとらわれる必要もないですし、学会で発表するような個別事象の解明が目的ではありません。

婚姻史を追求する目的は、人類の滅亡構造を抜け出し、これからの男女関係、婚姻形態を見出すことです。解明すべきは外圧に対する生殖と生産の適応戦略であり、その関係構造。ここに照準を絞っていきたいと思います。サルや部族の個別性に着目しても、そこから現代の新たな男女関係や婚姻のあり方の探索にはつながりません。

そこで、婚姻史を追求するにあたり以下の基本スタンスで取り組みたいと考えています。類グループにおける婚姻史の追求は約30年前に遡りますが、過去の議事録要約から引用して紹介します。

婚姻史 [1]

 

1.個別性を論拠にして共通法則を否定しないこと

全ての民族は共通法則によって発展するという進化主義の考えに対して、近年では部族各々に発展形態は異なるという個人主義が優勢です。個別性の根拠として、地理的条件が生産性の違いを生み出すという点が挙げられますが、例えば狩猟生産、漁労生産、採集生産の違いも、あるがままの自然生物を取る単純捕食の生産様式という共通概念で括れますし、単純捕食→栽培・飼育へ発展していくという共通法則が見いだせます。更には、世界中が工業生産(先進国は意識生産)の段階に入っており、採集生産→農業生産→工業生産の流れは人類の普遍的法則と見なし得ます。

 

個別性は共通法則に対する特殊条件によって説明し得るものであり、それに対して、個別性を論拠にして共通法則を否定する態度は、事実追求の放棄、思考の放棄に他なりません。例えば、「女にとって仕事と家庭のどちらが中心なのか」という疑問に対して、「それは個人による」という答えはスリカエであり、仕事と家庭の関係構造解明の答えになっていないばかりか、問題の追求そのものに蓋をするという反追求・反事実の立場です。私たちは共通法則から関係構造を掴み、現代の様々な問題の根本的な突破口を見つけていきたいと考えています。

 

2.文化人類学やサル学は古い時代の研究ほど信頼性が高いことを知ること

婚姻史の材料として民俗学、文化人類学、サル学等の文献を扱いますが、これらの学問には特殊性があります。工業生産、特に高度経済成長期の旧風俗・文化に対する破壊力は凄まじいものがあり、最新の学問ほど既に破壊尽くされた対象を相手にすることになるので、それが元々の実態にあったとは到底言えません。逆に古い研究ほど、より破壊度の少ない対象を相手にしているため、より実体に近いものとなります。文化人類学やサル学は古い時代の研究ほど信頼性が高く、最新の学者の報告ほど信頼性が低いという特殊性があることを、まずしっかりと頭に入れておく必要があります。

 

3.集団は閉鎖的あるいは自立的であるほど、より独創的・個性的な存在であると知ること

現代ほど、個人の個性が強調される時代は他にありません。しかし同時に、現代ほど価値観から生活スタイルに至るまで、画一的で無個性な時代も他にありません。それに対して、未開部族の社会のあり方や婚姻性のあり方は、実に個性的です。つまり集団がない方が個性豊かになるというのは思い込みに過ぎません。集団は閉鎖的あるいは自立的であるほど、より独創的・個性的な存在となってゆきます。集団の個性の方が、個人の個性よりはるかに豊かであるという事実と共に、常識を覆す新たな視点を我々に与えてくれます。

 

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以上3点を、婚姻史を追求する基本スタンスとして取り組んでいきます。

 

日本では昭和30年代まで夜這いの婚姻性が残っていました。祖父母の時代ですよね。日本の旧風俗・文化が解体されたのはごく最近のことなのです。婚姻形態は絶対的なものではなく外圧や集団形態とともに変化していくものなのです。現在の外圧に適した婚姻形態は何だろうか?それを自然の摂理や部族の歴史から解明していきたいと考えています。

それでは、人類史500万年の婚姻史を構造図解として統合する試みのスタートです。次回は、人類以前の類人猿、原猿の雌雄のあり方から追求していきます。

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