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夜這いが衰退したのなんで?資本蓄積編

Posted By okatti On 2008年1月3日 @ 2:41 PM In E 8 日本 | 2 Comments

何で「夜這い婚」は衰退したの?② [1]』に夜這いが解体したのは、「資本主義の侵入、商品流通の社会構造の変革が根本的素因と思われる。」とあり、続けて
明治政府は、封建領主ですらしなかったような、まさに掠奪的地租を賦課して農村を荒廃に導いたのである。それは予定されたことで、いわゆる資本の原始蓄積、産業の資本造出のための手段であることは明らかであった。かくして土地を奪われた農民は都市へ流出し、産業資本のために安価な労働力を提供する貧民として定着する。
とあるが、具体的にはどのような地租で、資本蓄積はどのようにして行われたのでしょうか?地租改正は『何で「夜這い婚」は衰退したの?☆特別編☆ [2]』を参照してもらい、ここでは資本蓄積を見て行きましょう。貨幣制度の近代化および央銀行(日本銀行)の設立が大きくからんでいたのです。
応援よろしく  by岡
[3]  


貨幣制度の近代化とデフレーション
明治新政府は充分な財源を持たなかったので、変革期の財政金融を賄うために、1868(慶応4)年の太政官札をはじめ、各種の政府紙幣(不換紙幣)を発行したうえに、1876(明治9)年の国立銀行条例の改正で、不換紙幣の銀行券をも乱発することとなった。
特に1977(明治10)年の西南戦争のために巨額の戦費が投入されたので、インフレーションが激化した。政府紙幣と国立銀行紙幣の総額は、1876年から’78年の2年間で55%も増加し、米の相場は’76年から’80年の4年間に206%の騰貴率を示した。
1881(明治14)年の政変で、松方正義が大蔵卿に就任し、大隈財政からの転換が行われ、紙幣整理が断行された。その方針は、
①緊縮財政と増税による黒字化(※農民の租税負担率は、’81年15.7%に対して、’84年には34.1%に増大。「産業革命の進展Ⅱ(農業、寄生地主) [4]」より)
②不換紙幣の回収・焼却
③輸出を奨励して正貨を蓄積し、兌換銀行券発行の基礎をつくる
ことにあった。
この方策はすべて成功し、貿易は出超、正貨は流入超過、紙幣の価値は急速に回復した。しかし、紙幣整理の強行は深刻なデフレーションを引き起こし、経済界は火の消えたような有様に陥った。
他方、松方正義は、中央銀行としての日本銀行を創立することに力を注ぎ、単一発券銀行制度を目指して、1882(明治15)年日本銀行条例を発布した。’85(明治18)年から日銀券が発行され、貨幣・金融制度における近代化路線が敷設された。その結果、国立銀行は紙幣発行権を失い、市中銀行として、近代企業に必要な資金を供給する体制が築き上げられることとなった。
賃金労働者の形成
維新期の有業人口の約8割は農民であった。田地売買の解禁、地租改正、松方デフレなどによって、農民層の分解、貧農の無産者化が進行し、農村の労働者が新興産業に吸収された。しかし、工業の吸収力はそう大きくなく、農村に滞留する潜在的失業者が発生し、農村の過剰人口が高率小作料の原因となるに至った。
1882(明治15)年の民間工場労働者のうち、15歳未満のものが16%を占め、15歳以上のうち女子は58%、男子は26%である。女子と幼年労働者のウェイトの大きさが注目される。また製糸工場などの繊維関係労働者が72%に達することも特徴的である。
農民の階層分解と寄生地主制の確立
地租改正により、農民層の商品生産者化は進行し、特に1881(明治14)年以降は、紙幣整理のデフレーションに伴って、農民の土地喪失が激化した。
’83(明治16)~’85(明治18)年の3年間で、売却された耕地は、全耕地の14%に達した。また、惜金の抵当として質入れされていた土地は、’85年には民有地の19.4%になった。
また、地租を5~10円支払う中小農(8反~1町6反の土地の所有者)は、’81(明治14)年には93万人だったが、’87(明治20)年には68万5000人(30%)に滅少し、中小自作農が没落した。(「産業革命の進展Ⅱ(農業、寄生地主) [4]」より)
その結果、地主・小作関係が発展し、’83(明治16)年には総反別に対する小作地の割合は36%、’87年には39%、’92年には40%と、寄生地主制の確立をみるにいたった。
松方デフレによる農民の土地喪失と、近代産業の雇用スケールの小ささと低賃金労働が原因となって、土地を失った農民はきそって小作地を求めるようになり、競争地代の原理に基づいて、小作地の高率化をもたらした。(注:江戸時代よりも明治以降の農民の方が貧困だったのではないでしょうか。)
一方の寄生地主層は、高利貸しにより土地集積を行い、集積した富は銀行を通じて、工業化の資金を提供する役割を担っていったのである。
(参照:竹中靖一・作道洋太郎編著『日本経済史』)
以上、夜這いが衰退したのなんで?資本蓄積編でした。


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[4] 産業革命の進展Ⅱ(農業、寄生地主): http://www.eonet.ne.jp/~chushingura/p_nihonsi/episodo/201_250/203_01.htm

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