ミトコンドリアDNA(母系で継承される)のハプログループ頻度が、日本と朝鮮半島、中国東北部でよく似ているのに対し、Y染色体(父系で継承される)のそれは大きく違っています。その原因は、Dの頻度にあることは明瞭です。日本の近隣集団では、Dをこれだけの高頻度で持っている集団はありません。(下にグラフがありますので見てください。)
篠田謙一著『日本人になった祖先たち』より。
(注)Dは、DNAでたどる日本人の成り立ち1 [1]にある縄文人のハプログループD2。日本人男性の30~40%がこのハプログループを持っている。
もう少し範囲を広げると、ユーラシアの東部、北東アジアの各集団には低頻度ながらD2を見出すことができます。また、チベットで人口の30%程度を占めていることも知られています。
これは何を意味するのでしょうか?
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by岡
[2]
ミトコンドリアDNAのハプスグループ頻度

Y染色体ハプスグループ頻度

(注)上図と下図のハプログループ記号は、それぞれで分類されたグループ名で、対応関係はありません。『日本人になった祖先たち』より。画像は♪スズメのさえずり記録 [3]よりお借りしました。
図にあるように、ミトコンドリアDNA(母系)では朝鮮半島や中国東北部とそれほど違っていないのに、Y染色体(父系)では大きく違うのは奇妙です。
ヒントは女性と男性では子孫の残し方に差があります。女性が生涯にもうける子供の数はある程度制限されますが、男性の場合、はるかに多くの子孫を残す可能性があります(注:逆に言えば、全く残せない男性もいる)。異なるハプログループの接触の歴史を通じて、奇妙な差が生じたと考えるのが自然でしょう。
D2の分布は、もともと北東アジアに広く分布していたが、その後中国を中心とした地域で勢力を伸ばしたハプログループOの系統によって、周辺に押しやられてしまった結果と思われます。
しかし日本ではD2がそのまま残り、縄文・弥生移行期の渡来人の流入が、平和的に行われた姿が浮かび上がってきます。もし、渡来人が縄文時代から続いた在来社会を武力によって征服したのであれば、その時点でハプログループDは、著しく頻度を減少させたでしょう。
大陸と日本に見られるY染色体DNAのハプログループ頻度の違いは、日本ではなく大陸の方に原因がありそうです。
ハプログループDが、日本とチベットに特異的に集積されているのは、もともとユーラシアのステップ地域を中心に存在していたが、(地理的に隔てられていたため)大陸における他のハプログループの伸張の影響を受けずに、そのまま残ったのだと考えるとうまく説明できそうです。
また日本人のY染色体DNAは、日本の歴史のなかで、その頻度を大きく変えるような激しい戦争や虐殺行為がなかったことを示しているようにも見えます。
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