少し前の発表で、出生率微増というニュースを耳にしましたが、絶対数は減少という事実を聞いて、出生率って何?と疑問がわいてしまいました。
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※画像は一万年堂出版社さんからお借りしました。
前回http://bbs.jinruisi.net/blog/2009/07/000626.html [2]に引き続き、
「豊かになってゆくのに、少子化が進むのは何で?」を、
『子育ても集団課題から個人の課題に変っているのでは?』という視点で追求してみたいと思います。
まず、いつものをヨロシク。
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市場化がもたらした豊かな生活は、結果的に集団の解体を促進し、より個人へと細分化が行われました。
実際にもてはやされた観念として「恋愛至上主義」や「自己実現」という観念がありますね。
<恋愛至上主義>
前回の記事で紹介がありましたが’65を境に見合い婚→恋愛婚への逆転は自由な婚姻が現実のものとなりました。
<自己実現>
男はもちろんのこと、女の社会進出が男も女も自立出来る環境が整った事で、自己実現はもはや男女問わずの個人レベルでの課題となりました。
以上の事は市場システムにとって大変有利に働く事は、もう周知の事実ですね。
そして現代では、子どもさえも「消費者」として生まれ「消費者」として成長する事を強いられるという構造になってしまいました。
例えば・・・
自己実現や学歴社会で育った「親」からの過剰期待→塾通い、習い事、私立学校志向
快適で便利な社会が目の前にあり、金があれば何でも解決する。
といった環境が整えられてしまえば、「誰かに何かを供給する」という体験はなかなかできない事になってしまう。
まさしく子供さえも「消費特権階級」であり「自己を確立」する事が目的化されてしまう事となってしまったのです。
こうなれば、幼児期からの子育てにもお金が掛かる構造となり、大学までの学費の総費用が数千万という事になってしまう。
これでは、お金がいくらあっても足りないし、子を授かっても「大変」という感覚が頭をよぎるのは仕方ないのかも知れない。
要するに、生産者という期待が無くなり、完全に消費者となってしまった事にその原因があるのではないでしょうか?
今、求められる少子化対策とは、集団の再生が期待されるのだと思います。
読んでくれてありがとう。