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縄文人の世界観~見えぬものにこそ本質が隠れている~

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※画像はこちら [2]からお借りしました。

 

万物は姿形を変えて、巡り巡って再生している、循環していると捉えていた縄文人。

 縄文人の世界観~万物の命の巡り、命の再生が自然の摂理1 [3]
 縄文人の世界観~万物の命の巡り、命の再生が自然の摂理2 [4]

 

そのような世界観で生きていた縄文人の思考や感覚は、「大和言葉」としていまだ色濃く残っています。

今日は、私たちが日ごろ何気なく使っている「大和言葉」から、その精神世界に触れてみたいと思います。

【おかげ様】

感謝の気持ちを表すとき、たとえ言葉を向ける相手に直接何かしてもらったわけではなくても「おかげ様で」と言いますよね。
「蔭」とは隠れて見えない部分目には見えない力の存在や、様々なことは巡り巡って繋がっていることを前提にしているからこそ、常に何事においてもそのような感覚を抱いていたのでしょう。

【有難い】

ご存知の方も多いでしょうが、「ありがたい」という言葉の語源は、めったにない、珍しくて貴重という意味の「ありがたし(有り難し)」です。
これは、英語の「サンキュー(I thank you)」のように、私があなたに感謝しているという言葉で表すことができない感覚です。
この巡り合わせに至るまでの全てのことや、この瞬間を成り立たせているあらゆる存在が、「有難い」。そんな想いが込められているのではないでしょうか。

他にも、「お互い様」「お世話様」「いただきます」「賜物」など、目の前の人や物を超えた存在や繋がりに思いを馳せ、その中で私たちは生かされているという感謝の心を込めた言葉が、大和言葉にはたくさんあります。

 

このように縄文人(日本人)は、目には見えないところにこそ本質を見出し、目には見えないものにこそ心を配って大切にしてきました。

なぜならそれが、宇宙の真理であり、自然の摂理であり、人間関係の基本だからです。

 

そしてその心は、つい最近、昭和半ば頃まで受け継がれていました。

明治・大正生まれの祖母たちの言葉を紹介します。

【子どもには目に見えぬものを与えなされ】

目に見えるものを与えるのはお金さえあればできることだけど、目に見えないものを与えるのは、いくらお金があったって無理です。子どもに必要なのは物ではないのだということを、子どもかわいさに忘れそうになったんでしょう。けれど、かわいいからと何でも与えるのは、愛情とはちがうのですよ。忍耐を教える機会を親が奪ってしまうようでは、子どものためになるわけがないのです。
祖母はそういって、子どもたちに、ご先祖様のこと、昔話や伝承、偉人伝など、自分が知る限りの話を、内職をしながら話して聞かせてくれた。
(石川真理子著『女の武士道』より)

【「自由」とか「権利」とかは使っちゃいかんよ】

「自由」とか「権利」とかは使っちゃいかんよ。もし、そういう気持ちや環境にいれるとしたら、それはあなたに自由や権利があるからじゃなくて、そうしてくれている誰かがおるからやでな。けど、そういう言葉はそれを見えなくさせる。感謝の心を失わせて、してもらえて当たり前という傲慢な人間にしてしまうからな。

 

目に見えるものしか信じなくなり、目に見えるものさえ見ないふりをするようになってしまった私たち。

縄文人の世界観から学ぶべきものがたくさんありそうです。

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