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2022年09月11日

縄文人の世界観~万物の命の巡り、命の再生が自然の摂理2

画像はこちらからお借りしました

命の巡り、命の再生こそ自然の摂理そのものと捉えていた縄文人。

前回の記事に引き続き、月と蛇と縄文人(著者:大島直行)を参考に縄文人の世界観を考察します。

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【石斧】

縄文の磨製石器である石斧は緑色系(碧、翡翠)の石で作られているものが多い。これらの石は乾燥下ではくすんだ色だが、水に濡らすと鮮やかな緑色になるものが多い。また、これらの石は柔らかく加工しやすいが、柔らかければ硬いものが切れないという矛盾がある。筆者はこの碧の斧は、植物の再生を表す「新芽」の象徴であり、同時にこれは「嬰児(みどりご)」の象徴であると捉えている。

 

【竪穴式住居】

縄文人は既に高床式の建物を造る技術があったにもかかわらず、竪穴式住居を捨てようとしなかった。また縄文人は好んで、日当たりの悪い、やや湿った場を居住地として意識的に選んでいる。アイヌをはじめ多くの未開民族の伝承によれば、彼らは屋内を子宮に喩え、囲炉裏は生命の源である食物に火を加え変容させる儀礼的な場であるとしている。

 

【貝塚】

人骨も埋葬されていることからみて、筆者は単なるゴミ捨て場との見方を否定する。縄文人は万物に命が宿っているとみていた。とりわけ貝は女性器に似ることから、水と再生のシンボルと捉えられてきた。筆者は子宮に見立てた楕円形の穴を掘り、その上に貝を盛り上げて子宮を形取っていたのではないかとする。

 

縄文土器も実用性という点では底が尖って不便であったり、石斧も実用性という点では柔らかい石を使っていたり。どうやらこれらは実用性を求めたものでは無さそうですね。冒頭の写真が縄文時代の磨製石器の石斧です

何故柔らかい石を使っていたのか?

それは磨くことに意味があったように思われます。碧・翡翠を使用し磨いた石を水に濡らすと鮮やかな緑色になる。これが生命の巡り、誕生と重なることから、祭祀の道具としてこの石斧は使われていたと推察されます。

 

高床式にせず竪穴式住居を選び、場所も湿気た所を好んで選んでいたというのは面白いですね。都会生活の私たちとは全く逆の見方です。

何故湿気た場所なのか?

色々考えられますが、やはり万物の命が巡り躍動する源は水です。海も樹液も木の実も血液も、生命は水の中で躍動することを捉えていた縄文人は、湿気ある場所こそ命が躍動する場所としたのではないでしょうか。また、薄暗い場所を好んで選んだのは、周囲と溶け込み一体化しやすい環境を好んだとも言えそうです。

 

貝塚も面白いですね。ゴミ捨て場と教科書では教わったような気がしますが、先の記事でも述べたように生と死という概念がなく、全ては命の生まれ変わりと見た縄文人なら、貝塚を女性器になぞらえて再生のシンボルとしたことに頷けます。

 

これら縄文人の世界観は、現代人の私たちにも共通する感覚もありながら、全く違った世界観になり大切なものを失った感覚もありますね。初期人類から縄文時代まで人類史の99.9%はこのような世界観で人類は万物と生きており、万物の命の巡り、命の再生を自然の摂理と捉えていました。

私たち日本人はどこで道が変わっていったのでしょうか。

これも大事な追求ポイントです。

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