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2022年05月20日

赤ちゃんの適応力を弱くすることで、結果的に種の適応力を強くした人類

画像はこちらからお借りしました。

前回は、主体の喪失の不全を解消するために、全面受容に収束したことを扱いました。赤ちゃんは全面受容が必要な状態で生まれてきます。「無」=主体の喪失を起点として、人類固有の特性や意識構造が形成されていくとしたら、赤ちゃんが全面受容で生まれてくることにも関連していそうですよね。

 

当然ですが、強い赤ちゃんを産む方が生存確率は上がります。しかしヒトの赤ちゃんは適応力が弱く、助けがなければ生きられません。つまり生命原理に反しているのです。事実、昭和初期においても多くの子どもが出産後死んでいます。原始時代においてはかなりの子どもが出産後一年以内に死んでいると思われます。これまで弱く生まれてくる理由が良く分からなかったのですが、全面受容における充足がヒトにとって不可欠だとするとどうでしょう。

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2022年05月19日

「無」=主体の喪失により、全面受容に収束した初期人類

 

樹上適応というサルにとって最大の武器を失ったことで、はじめて同類と断絶した世界へ。これまで同類適応のために形成した諸機能が働かない「無」の状態に陥った。そしてこの「無」こそが、人類への進化の歩みの一歩だったのではないか?を前回、扱いました。

 

「無」の状態とはどんな感じでしょうか。

 

グループの皆からいろいろな意見がでました。

空虚感、喪失感、真っ白な状態、空っぽな状態。

豊かな自然のなか、満天の星空と一体化したときの感覚。無我夢中。

それは「主体を喪失した状態」と言えそうです。

 

樹上では繁殖限界までサルがひしめき合うような状態、そこから同類が全くいない状態へは、まさに対象世界が一変した。「相手がいることで心も身体も機能することが脳裏や身体を通じて刻まれた瞬間ではないかと思います。

サルは共認動物、オランウータンのように単体で生きていても彼らも同類圧力のなかで生きています。その同類圧力がなくなったということは、最大の圧力源=活力源を失ったことを意味します。

 

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2022年05月14日

同類の存在が居なければ、欠乏も活力も充足も「無」になる

画像はこちらからお借りしました。原人の化石が見つかったフィリピン・ルソン島の洞窟です。

 

前回の記事では、

私たち人類は、同類なしでは生きられない。逆にいえば同類の存在こそが、最大の活力源であり充足源となっていることを、色んな事例を通して見てきました。他の哺乳類には見られない、人類固有の、かつ最大の特性です。

 

今回は、

何でここまで人類は同類の存在が不可欠になっているのか

を、記事にしたいと思います。

 

 

まず、その前に少しおさらいですが、何をもって人類というのが相応しいでしょうか?

人類と類人猿を分かつものは何でしょうか?

 

よく聞かれる説は二足歩行できるのが人類という説ですね。でも二足歩行は類人猿、サル ”も” 可能です。テナガザルなんて、二足で綱渡りできるくらい、人類よりも上手なんですよ。二足歩行は人類の専売特許ではなく、二足歩行をもって人類とするのは不十分と考えます。(故に、猿人は人類ではなく類人猿である可能性が高いと思われます。)

 

サルのサルたる所以は足で枝を掴め、樹上に棲めること。しかし人類は足で枝を掴むことができない。つまり人類は、足の指がサル以前の哺乳類に先祖返りして、樹上に棲めなくなった≒地上に降りざるを得なかったのが出発点と考えます。

過去の記事:人類のサルとの違いは、木に登れなくなったこと

 

ちなみに、生まれた赤ん坊の指が先祖返りするケースは、現在でも見られます。例えば、指が多い多指症は1000人に1人の確立で発生するくらい、決して珍しいことではありません。

多指症とは?はこちらから

 

人類の直接的祖先は、特長の類似性からオランウータンとの共通祖先と当ブログでは考えていますが、生まれてきた赤ちゃんの足の指が先祖返りしたところから始まったのではないかと推察しています。

 

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2022年05月12日

人類は同類なしでは生きていけない動物

画像はこちらからお借りしました

 

さて突然ですが、赤ちゃんは何で泣くのでしょう?

 

  お腹がすいたから?

  オムツが不快だから?

  お母さんが見えなくなったから?

 

ちなみに、一般哺乳類の動物の赤ちゃんは大声で泣かないです。そりゃそうですよね。泣いたら敵に見つかり襲われます。

人類にもっとも近い類人猿≒オランウータンの赤ちゃんも泣かないようです。オランウータンの第一人者である久世さんによると、オランウータンの赤ちゃんはずっとお母さんのお腹に抱きついて、泣くことも駄々をこねることもなく、大人しく母乳を飲んでいるようです。

(詳しくは「日経WOMAN」をご覧ください)

 

ちなみに、アフリカの原始的な部族の赤ちゃんもあまり泣かないようですね。赤ちゃんとの肌と肌の密着が長く、赤ちゃんはとても安心しているようです。まるで、オランウータンの赤ちゃんと同じような感覚でしょうか。彼らが先進国の子育てを見れば、「赤ちゃんとそのように接していたら、そりゃ泣いて当たり前だよ。」という感覚のようです。

 

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2022年05月06日

始原人類は連携集団として広域に拡散していったのではないか

図はこちらからお借りしました。

洞窟生活で、かつ、防衛力が非力で限られた縄張り(移動範囲)という中で人口増という状況に人類はどのように対応したのでしょうか。

外圧が下がっているので、性闘争が再生し、仲間を追い出したのでしょうか。しかし、それでは種は存続できません。人類にとって集団は絶対。だから、限界に達した場合は、集団の分派という方法をとったと考えられます。

ここで問題はいくつかあります。

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2022年05月05日

人類はどのようにして進化したのか?

人類の進化とは、観念機能の獲得とその高度化の歴史です。

その結果、石器や火や多様な道具を使えるようになりました。

そのように進化した人類が、現在のわれわれに繋がっていると考えられます。

その契機は何だったのでしょうか?

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2022年04月29日

万物への一体化・感謝回路②~アイヌ文化の精神性~

(画像はこちらからお借りしました)

 

「私たちは身の回りに役立つもの 力の及ばないもの すべてをカムイ(神)として敬い、感謝の儀礼を通して良い関係を保ってきた。

火や水や大地。樹木や動物や自然現象。服や食器などの道具にもすべてカムイがいて、神の国からアイヌの世界に役に立つため送られてきてると考えられ、粗末に扱ったり役目を終えたあとの祈りを怠れば災いをもたらすとされてきた。

 

狩猟を生業にしている私たちにとって動物のカムイは重要な神様。動物たちは神の国では人間の姿をしていて、私たちの世界へは動物の皮と肉を持って遊びに来ている。

 

飼っていた子熊を送るときは村をあげて盛大な儀礼をおこなう。この儀礼は「イオマンテ」と呼ばれている。
歌って踊って、たくさん食べ物を用意して子熊の魂にお土産を持たせ神々の世界に送り出す。私たちの住むこの世界が楽しい場所だと他の神様に伝えてもらう。

そうすればカムイたちは何度でも訪れてくれる。」

「ゴールデンカムイ」(野田サトル)12話より

 

*****

今回も前回の記事に引き続き、人類の中にある万物への一体化追求・感謝回路の事例を見ていきたいと思います。

冒頭は、アイヌ文化の紹介要素も併せ持つ、明治末期の北海道・樺太を舞台にした人気漫画でのワンシーンです。

北海道の先住民族であるアイヌ民族では、上の供述のように自然界すべての物に魂が宿るとされている精神文化、日本語のルーツとも言われている言語体系、縄文文化との連続性があったりと、人類文化の基層を感じられる民族文化として注目されています。

 

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2022年04月28日

万物への一体化・感謝回路①~カスカ・イロコイ族の自然観~

前回の記事では、始原人類が、生物史上初の感謝回路を獲得したことを扱いました。この感謝回路は、メスが最初に獲得しましたが、オスにも転写されていくことで、万物へと対象が広がり、共認回路と観念回路が相乗的に発達していったのでしたね!それが道具の使用にどうつながっていくかは気になるところです。

今回、次回の記事では、もう少し、具体的な事例をふまえながら、その感謝回路と、道具の獲得(火の使用、石器や弓矢の発達)のつながりを考えてみたいと思います。

 

■北米インディアン カスカの自然観

カスカと呼ばれる北米インディアンは、独特の自然観をもっています。彼らは、動物に対する感謝や尊敬の念がとても豊かです。

例えば、彼らはヘラジカなどの野生の動物を食べますが、「動物のほうが食べにきてくれる」というような、野生の恵みを贈り物として捉えています。狩りの際は、怪我はさせずに一発で仕留め、食べるときには、骨まで残さずに食べます。動物は自然の一部であり、食べる気がないのに怪我をさせたり、彼らの体を無駄にすることは、自然や動物に対する罪と考えているからです。

 

■ネイティブアメリカン イロコイ族の自然観

もうひとつの事例として、イロコイ族が「おおいなる毛皮」(恐らくバイソンの事と思われる)を仕留める物語から引用します。

 

『〈おおいなる毛皮〉が一日のうちでどんな行動をするのか、一生を通じてどんな踊り(営み)を見せるのかを読み取り、それに基づいて狩人たちが力を合わせれば、一族に〈今日の満腹〉と〈明日の満腹〉という可能性とを持ち帰ることができるかもしれない。』

 

『そこで彼らは静かに穴を掘った。毛長たちを落とす大きな穴でなく、地面の小さな窪みをたくさんつくったのだ。〈おおいなる毛皮〉を脅かさぬよう、そっと集めた枯れ木や枝が積まれたのだ。・・・(中略)・・・立ち上がって、それぞれ手近な〈おおいなる毛長の民(バイソンのこと)〉を襲う。われらが一族の糧としてこの〈おおいなる毛長の民〉を招く長い旅がはじまった。』

 

一族すべての心は喜びにわいた。だが、いっぽうで悲しみもあった。大地にじっと横たわった(死んだ)大勢の〈おおいなる毛長の民〉に対する悲しみ。獣たちにはまだ理解できない何かが、明日へ続く新しい道を探し当てた二本足の民(自分達の部族)から、大地が身震いしたとき跳ねた小石の数ほど、あるいは海に向かって押し寄せた泡の数ほども浴びせかけられたことへの悲しみである。』

 

『そこで、一族のある者たちは歌を歌い始めた。どうか、この〈おおいなる毛長の民〉もまた新しい知恵を学んでほしい。あるべき明日に向かって生き延びる術を学んでほしい。彼らと一族とが、同じ土地で肩を並べて生きていけるように。ときおりお礼に築くみずみずしい草の山から、彼らの肉という大切な贈り物への感謝を受け取ってくれるように。

イロコイ族。画像はこちらより引用しました

これを読むと、彼らが動物たちを自分達と同じように捉え、動物たちにも学ぶことで生き延びてほしいと感じているのが伝わってきます。

 

これらはインディアンの事例ですが、初期の人類も、これに似たような自然観をもち、自然に感謝することで、道具を発達させていったのではないでしょうか。例えば、鋭利な石器は、食べるときに苦しめない、あるいは、残さず食べる、という感謝の想いから発達していったのかもしれません。

 

次回のブログでは、さらに他の事例についても、考察していきたいと思います。

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2022年04月20日

役割分化して獲得した回路が互いに転写され生き延びた人類

これまで4回にわたり、男の観念回路の獲得、女の共認回路の強化と、それそれの過程を追求してきました。

ことばは、万物のこころを再現。未知なる探索が原動力
共認機能の獲得以来、初めて「孤独感」に苛まれた原初人類
同一視充足から、「いてくれること(存在そのもの)への感謝」へと進化
同類の存在に対する感謝感から、万物に対する感謝感へ

これまでの追求から、主に洞窟時代においてと女では、同じ一体化回路を使っていながらも収束する方向に違いがあることが分かりました。

 

(画像はこちらからお借りしました)

男たちは、エサの獲得や外敵闘争といった外圧に直面します。骨の髄をすするほどに飢えた状況において、生存の望みをかけて洞窟の外にある自然や動植物に一体化回路を向けました。未知なる探索により対象世界が格段に拡がり、その自然の背後に精霊を措定できる観念回路を獲得していきます。もののけ姫にでてくるこだま(木霊)は、「きじむなー(きーぬーしー)」の言葉として沖縄に残っています。アイヌの火のカムイ動物のカムイ植物のカムイなど精霊信仰もその名残です。

 

女たちは、洞窟の中にいるためオスのように未知の探索には向かいません。足が先祖返りしたサルが世代をつなぐには、その女(メス)が子どもを産み育てることが起点です。極度の共認不全から生物史上初の感謝回路を獲得しました。オスの多くは洞窟から出て死んでいるので尚更だったのでしょう。一体化回路は主に闘争に向かう男(オス)に向けられ、性機能上昇のために皮膚感覚(無毛化・感度)や表情を発達させ共認回路を強化していきます。

 

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2022年04月19日

同類の存在に対する感謝感から、万物に対する感謝感へ

(※画像はこちらからお借りしました)

 

「同一視充足」から「存在への感謝感」へと、共認充足の位相が深まった原初人類。

それによって性機能を進化させ、同類を超えて万物と一体化できるほどに一体化回路を発達させた人類は、ついに自然の背後に精霊を見出し、火を制御・使用できるようになります。

>自然のあらゆる対象には、その一つ一つに、人と同じような感情や欠乏があるという感覚。極限時代の始原人類はこの「万物の背後に精霊が宿っている」ことを見出したことで、自然の気持ちになり、精霊の欠乏や期待に応えるようにして、火を制御できるに至ったと思われます。

 

火が使用できるようになったことで、人類はようやく洞窟の外でもある程度行動できるようになるのですが、それによって感謝感の中身やオスメス関係にどんな変化があったのかを、今日は追求してみたいと思います!

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