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2011年02月02日

キリスト教の性否定観念 ~『キリスト教とセックス戦争』より~

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ヨーロッパの一対婚の始まりとキリスト教の性否定観念をテーマに、これまで6回に渡り扱ってきました。前回「ローマ時代のキリスト教発生~国教化」では、キリスト教の成立からローマの国教になるまでの過程について見てきました。
引き続き今回は、キリスト教の「性否定・女否定」観念の形成過程について、『キリスト教とセックス戦争』(カレン・アームストロング著1986)を参考に見ていきたいと思います。
同著によれば、キリスト教(西方キリスト教)の女性観とは神経症的な「性否定・女否定」であり、これは他の宗教には見られない、キリスト教独特の価値観であるようです。
このようなキリスト教の「性否定・女否定」観念はどのようして形成されてきたのでしょうか?
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(以下、引用の部分は、同著からの抜粋引用です。)
■「性否定・女否定」は、他の宗教には見られないキリスト教独特の観念
 ●他の宗教とキリスト教の女性観の違い
 ◎他の宗教…女性は「劣等な所有物」→女性蔑視・女性支配(性肯定)
 (イスラム教・ユダヤ教・仏教…etc)
 ×
 
 ◎キリスト教…女性は「セクシュアルな存在」→女性嫌悪・女性恐怖(性否定)
★女性を「セクシュアルな(情欲を誘い理性を失わせる)存在」として否定視。そこから嫌悪・恐怖という感情に発展していく。「性否定・女否定」はキリスト教独特の観念。

欧米のキリスト教社会には、セックスに対する嫌悪と恐怖が浸透している。男性は、セックスというものが何か邪悪なものである教えられてきたので、彼らをこの危険な性衝動へと誘惑する女性を恐れ憎んできた。キリスト教は西洋の社会を形成してきたし、主要な宗教のなかで、セックスを嫌悪し恐怖するのはキリスト教だけであった。したがって、女性が嫌悪されてきたのは西洋だけであった。女性が劣等な所有物であるがゆえに支配されてきただけでなく、セクシュアルな存在なので嫌悪されてきたのは、西洋においてだけであったからである。
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他の文化や宗教も、女性に対してひじょうに過酷で抑圧的であった。だが、セックスのゆえにではなかった。こう言うと最初に思い浮かぶのは、「女嫌い」の文化であるイスラームの世界であろう。わたしたちはイスラームを過酷で残酷なもの──男性による支配のひな型──と見る。しかしながら、イスラームの女性が支配されるのは、イスラームがセックスを嫌悪するからではなく、イスラームでは女性が男性の価値ある所有物であるがゆえになのである。イスラームは、常にセクシュアリティを評価してきた。ムハンマドは、情熱的でエロチックな男であった。彼の見解によれば、女性は、神が男性に与えた最良の贈物であった。そういう表現は性差別的であろうが、ムハンマドの心のなかには、セックスが悪だという思想を暗示するものは何もない。
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同様にユダヤ教は抑圧的であると見られている。確かにイスラエルの男性は、極端に性差別的な傾向を持っている。だがこの場合でも、セックスのゆえにではない。ユダヤ教は、キリスト教がしてきたようには、セクシュアリティを憎悪したことはけっしてない。なぜならユダヤ教は、民族宗教だからである。「選ばれたる民」は存続させなければならない。だから女性は、とりわけ母として、とくに重要な、いや決定的ですらある宗教的役割を担っているのである。
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ユダヤ教はセックスを価値あるものとする。他の宗教の場合もそうである。ブッダは出家者には女を避けるように諭したかもしれないが、独身主義を他者に強制するような仏教徒はいない。それはその男性自身の自由な選択によってなされるべきである。およそ意志に反した抑圧というもの(例えばカトリックの司祭職の場合のように)は、仏教徒が言う「拙劣なる状態」を誘発するだけである。それは人を自我に埋没させ、「悟り」を妨げるだけである。
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キリスト教は、セックスを嫌悪し不法なものとしたことにおいて、また人々が性衝動を持つ生き物であるという理由で、彼らに罪悪感を持たせたことにおいて、まさに独特である。

■キリスト教成立時(イエス、パウロの頃)の家庭・結婚への軽視・拒否
キリスト教初期(イエス、パウロの頃)においてから家庭・結婚への軽視・拒否は見られましたが、この頃は教義による明確な「性否定・女否定」は行われていなかったようです。

イエスは結婚したことがなかったし、家庭を重要な意義を持つ制度とは考えなかったようである。この意味においてイエスは、きわめて尋常ならざるユダヤ教徒であった。彼は、自分の家族に敵対的とまではいえないにしても、母や兄弟姉妹に少なくともかなり無関心であったように思われる。だがその理由は、後に聖アウグスティヌスや聖ヒエロニムスのような偉大な神学者たちが説いたように、イエスがセックスを邪悪だと思ったからではない。イエスが家族を拒否したのは、それが緊急の使命から気をそらしてしまうからであった。彼は、エルサレムに「神の王国」を打ち立てるために来たのだと信じていた。
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パウロは現実主義者でもあった。確かに、独身でいるほうが良い。だが、誰かがやもめになり、独りでいるのが難しいならば、再婚してもいっこうに差支えない。そしてもし父親が、その娘から結婚の機会を奪うのは公正ではないと感じるならば、結婚することはもちろん可能である。それは「罪ではない」、とパウロは断言する(『コリントの信徒への手紙一』七:六~二八)。

■キリスト教初期(4世紀頃)の神学者たちによって、「性否定・女否定」が教義として明確化された
★キリスト教において「性否定・女否定」が教義として明確化されたのは、キリスト教初期(4世紀頃:ローマ帝国末期)。当時の神学者たち(アウグスティヌスら)によってその教義の基盤が作られました。
彼ら神学者たち生きた時代(4世紀頃)は、ローマ帝国末期の内部的な頽廃(性的堕落のピーク、性権力肥大→集団崩壊の危機)と外敵圧力(ゲルマン人の侵入)の高まりが重なった、まさに「暗い雰囲気」が蔓延する世界でした。そんな外圧状況の中で、彼らはキリスト教の「性否定・女否定」の教義(観念)を確立していきました。

帝国内の人々は──これまた当然のことであったが──後期帝国の性的その他の行き過ぎに反感を持っていたし、当時の宗教的・哲学的生活においては、禁欲主義の諸運動が存在していた。例えば、ストア派は自制を唱えていたし、当時の多くの密議宗団(カルト)は、秘教的祭儀のための準備として一定期間の禁欲をしばしば進めていた。
キリスト教は必然的にこういう雰囲気に影響された。ギリシア的な訓練を受けた神学者たちは、パウロやユダヤ教のラビたちとはひじょうに違った洞察や、別の神経症を宿していた。例えば彼らは、ユダヤ教的表現のあるものを誤解した。西欧の雰囲気が暗くなり、ローマが蛮族に屈し始めるにつれて、外傷はアウグスティヌスのような有力な神学者に深い影響をあたえることになった。
アウグスティヌスは、理性的な自制というものを、未発達で野蛮な激情の力に対する防壁と見ていた。この激情というものは、まさにヴァンダル族やゴード族がギリシア・ローマ文明を破壊し、西欧を「暗黒時代」の闇に引きずり込もうとしていたように、人間を野獣性へと引きずり下ろすことができたのである。その時代の雰囲気が変化するにつれて、キリスト教自体の神経症や不安感も変化していった。
イエスもパウロも結婚について、ひじょうに熱心に教えはしなかったものの、たいていのキリスト教徒は結婚していたし、「神の国」は到来しそうもなかったので、パウロによる改信者たちのようには、独身制を喜んで受け入れなかった。神学者たちは、神の計画のなかに結婚の場を探さなければならなかった。だが、独身を勧めたパウロの訓令は、決して忘れられることはなかった。
教父たちは、分裂した思考を示し始めた。つまり、結婚は神の計画の一部である、だがセックスは邪悪なものであり、避けるべきだ、と言うのであった。過剰さが衰退や崩壊や破壊を惹起しつつあったこの恐ろしい世界の中で、セクシュアリティに折り合いをつけられなかったキリスト教徒の神経症は、彼らの正式の教えとの相克を惹き起こすことになった。そしてこの相克は、現在でもキリスト教や西洋の世界には存在しているのである。

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       (アウグスティヌス)                     (ヒエロニムス
彼ら神学者たちに共通するのは、キリスト教回心前において性的な堕落・敗北(性的葛藤)を体験しているという点のようです。(「アウグスティヌスは、彼の回心を性的葛藤との関連で見ていた。・・・彼は、自分の回心を完全にセックスに反対する決断と見ていた。」:同著より)。そんな彼らは、回心後、性権力を封鎖し当時のローマを再統合し、また自らの意識をも統合できるような観念(神学)を、「頭の中」に作り上げていったのだと考えられます。
彼らは、「肉体から解放された魂」として「魂(+視)」と「肉体(-視)」を分離して考え、「肉体」を徹底して否定しました。とりわけ性欲の根源として「女性の肉体」の否定へと走っていきました。

イエスもパウロも、肉体と魂をこのように分離させることは理解できなかったであろう。なぜなら当時のユダヤ教は人間をそのように分裂させていなかったからである。パウロは確かに「肉」をしばしば避難するのであるが、それは肉体と魂を対立させるという意味ではない。ユダヤ的思考においては、「肉」とは、全体として肉体的および道徳的弱さのうちにある人間(魂も肉体も)を意味していた。
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後代のギリシア的訓練を受けた神学者たちが「肉」に関するパウロの言葉を読んだとき、彼らは当然パウロが肉体について語っているのだと思ってしまった。そしてそのことを、自分の肉体についての自らの神経症の基礎づけにしてしまったのである。キリスト教においては、ひじょうに早い時期に、イエスによってもたらされた救いが、身体からの解放と見られるようになってしまった。
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アンブロシウスは書いていた。「肉体から解放された魂のことを考えよ。それは、肉欲や肉の甘い快楽から離れ、この世の生活の思い煩いを放棄してしまったのだ」(『イサクについて』、三:一八)。アンブロシウスにとって肉体は、全的に霊である神と統一されたときには投げ捨てられるべき、汚れてボロボロにななった衣服にすぎなかった。アウグスティヌスは絶えず、この考えを繰り返していた。彼は、「おお、この体をわたしから取り去ってください。そうすればわが主を称えるでしょう!」と祈っていたのだ。
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「食べ物や飲み物については語るまい。隠遁(いんとん)者には、病んでいるときでも、水しかない。料理されたものを食するなど罪深い贅沢である。だが、地獄を恐れるがゆえに、この独房なる家に自ら居を定めたにせよ──ここでの仲間といえば、蠍と野獣だけなのだ──わたしはしばしば踊る少女の群れに取り囲まれているのを見た。わたしの顔は断食ゆえに蒼白であり、四肢は氷のように冷たかったが、わたしの心は欲情に燃え、肉体は死んだも同然であったのに、欲望の炎は燃えたぎり続けていた。」(ヒエロニムス『書簡』二二、エウストキウム宛て)
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肉体はそれ自体の生命を持っているのであり、それをこのようにひどい仕方で取り扱うならば、それはしっぺ返しをするであろう。セクシュアリティは、単純に閉じ込めて忘れてしまうことができるようなものではない。それは、病的な妄想のなかで爆発するか、わだかまり悪化するかである。
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肉体は、それがセクシュアルであるがゆえに嫌悪されるのであり、この肉体への嫌悪が、キリスト教徒の性への嫌悪を増大させるという悪循環に陥らせるのである。なぜなら、人間はセックスにおいてもっとも肉体的であり、神からもっとも遠く離れているからである。
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女性の肉体は特別の嫌悪感をもって眺められた。

このように、当時の神学者たちは強く「理性」(観念)に収束し、「肉体・性」を徹底して否定していきます。そして、「頭では性の神聖化(生殖の為の性は神聖なるもの)を唱え、一方で肉体の快楽の為だけの性を否定する」(聖性)という二重思考(分裂思考)の観念を作り上げていきました。
しかし、「理性」(観念)に強く収束すればするほど、「肉体・性」(現実)との矛盾は大きくなっていき、その結果、より強力な観念が必要となります。こうして彼らは、その観念(の架空性)をどんどん強化していきました。そして、ついに「原罪(アダムとエバ)の教義」を確立し、性と罪とを合体させるまでに至り、罪である「情欲」とその根源である「女性」を徹底して否定するようになっていったのです。
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■キリスト教は、なぜ、かくも性否定・女否定なのか?
★それは、キリスト教が他の宗教にも増して、「理性」という架空観念(倒錯観念)に強力に収束しているが故ではないでしょうか?
「理性(頭)」という観念に強く収束すればするほど、「肉体(性)」という現実との乖離が大きくなっていきます。まさに「観念の倒錯(現実否定)」です。本源性を残した規範共認による集団統合ではなく、バラバラの個体を架空観念で統合しようとした、その極みが「性否定・女否定」なのではないでしょうか?
古代西欧においてこのような強力な架空観念が登場した背景には、白人の強力な自我収束に対する自我封印の必要、さらには、外圧低下のもと肥大してきた性権力の封印の必要があったからと考えらます。
性権力肥大→序列原理の無効化→不倫の増大・性の乱れ(性的葛藤)。これを押さえる為に観念(頭)で性・女を否定する。しかし、下半身(性欠乏・自我欠乏)は充足されず、むしろ、頭で抑圧すればするほど下半身の欠乏は増大していく。その結果、その下半身をさらに押さえるための「より強力な観念(架空観念)」が必要になってくる。こうして、「観念の架空性」=「現実(性・女)に対する否定度」は繰り返し増大していったのだと考えられます。(肉体と魂の分離→女性の肉体否定、原罪(アダムとエバ)の教義→性と罪の合体、中世の厳格な性行為規定、異端者への十字軍、魔女狩り…etc)
キリスト教は、その観念(架空性・倒錯性)への強力な収束ゆえに、まさに神経症的な「性否定・女否定」に陥っていると言えそうです。
このようなキリスト教の二重思考(分裂思考)の架空観念(性の神聖化と性否定・女否定)は、後代の教父たちによって強化されていきます。その後、中世の教父・修道士たち、さらにスコラ神学のトマスアキナス、宗教改革のルターら、プロテスタント・ピューリタンら、さらに19世紀のシェーカーズらにより塗り重ねられていきます。そしてそれは、現在の西洋人の深層にも深く塗り重ねられているようです。
次回は、中世の厳格な性行為規定(贖罪規定書)について、見ていきたいと思います。 :-)

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