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2011年2月20日

2011年02月20日

人類のアメリカ侵出の前夜状況~最大の危機からの脱出~

◆最後の大移動の幕開け
人類にとっては、気候変動は最大の外圧であった。
それゆえに、人類は地球上に拡散適応していった。
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そして、それは現在も作動している。

■大草原、マンモス・ステップ
>マンモス・ステップにはヨモギの仲間をはじめ、イチゴツナギ属などのイネ科植物やスゲ類、ワタスゲ、チョウノスケソウなど多くの種類の草が繁茂し、一部には矮生のヤナギやカバノキなども生えていたと考えられている。これらの植物は冬の乾燥と寒さに強い。マンモス・ステップにこのように多くの植物が生育したのは、そこに乾燥した場所や湿った場所、微高地や谷沿いの窪地など多様な環境があったこと、冬は寒いが積雪は少なく、永久凍土の発達が悪かったこと、夏の日差し量が多く暖かくて植物の生育に適した条件があったこと、更に夏に凍土がより深くまで融けて植物の根が土中に入り込みやすかったことなどによるものと思われる。
このような草原は、寒冷地に適応した植物食の哺乳類にとっては餌が豊富で、とても棲み心地のよい場所であったに違いない。
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2万年前になると、地球の自転軸と公転軸の変化が強く作用し、北半球に届く太陽熱が最小になった。そのことにより、それまでの特徴であった亜間氷期の繰り返しは止まってしまった。北緯50度に位置したマンモス・ステップはその影響をまともに食らうことになる。
夏場の太陽熱が、かろうじて永久凍土となることを食い止めているがゆえに成立したマンモス・ステップは、豊かな動植物を育むことが出来なくなるや、そこので生息する生物を適地へと移動を促す強力なポンプとして作動することとなった。
 
〔3万年前の植生〕                       〔最終最大氷期(LGM)の植生〕
  *出典:「人類の足跡10万年全史」              *同左
4万年前から最終最大氷期(LGM)までの旧石器時代は、チベット高原と南シベリアの間には部分的に森林のある広大な猟場であった。氷河が本格的に前進してくると、高地のステップにいた狩猟者はみな追い出されることになるが、まず考えられるのは、アジアの大河を下って中国とインドシナへの南方ルートである。
次に北の寒さから逃れる道は、北東方面だった。彼らは、レナ川両側の細長いステップ・ツンドラに沿ってヤクーツクへ、それから東のオホーツク海へと出る。バイカル湖地域からは、アムール川を下って太平洋岸へと出る。そして、この穏やかな太平洋沿岸は、アメリカへと続くルートになった。
それがゆえに、最終最大氷期には、この地は人類が不在の地となった。

〔LGM時代のアジアの植生〕        〔LGM時代のアジアにおける移動〕
 *出典:「人類の足跡10万年全史」    *同左

(さらに…)

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