モンゴロイドの成立 [1]に続いて、日本人はどこから来たか?の答えの一つ、北方起源説を紹介します。池田次郎著『日本人のきた道』より。
北方起源説
現代の遺伝形質やウイルスの抗体保有率の研究者たちは、日本列島全域の縄文人・後期旧石器時代人を北方アジア起源とみる点で意見の一致をみている。
根井正利(ペンシルベニア州立大学)
多数の遺伝子データを使い、新人アフリカ単一起源説を支持した根井正利は、次のように北東アジア起源説を提唱している。
西アジアから東へ向かった新人の一部はインドを通って東南アジアへ移動したが、一部はヒマラヤ山脈の北を経て5-7万年前に中国北部に達し、そこを起点として南は中国大陸を南下して東南アジアまでひろがり、北は極北を経てアメリカ大陸へ渡った。日本列島へは朝鮮半島経由で3万年前から1万2000年前までの間断続的に流入したが、それ以後、大規模な渡来はなかったので、日本列島はこの間に形成されたといえる。
遺伝距離からみて、アイヌ、本土、沖縄の三集団すべてが東南アジアの集団群ではなく、朝鮮半島集団と同じグループに入るのも、列島人が北東アジア起源だからである。
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by岡
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根井正利『人間集団の起源』 邪馬台国の会 [3]よりお借りしました。クリックすると大きくなります。

(引用者注)DNAでたどる日本人の成り立ち1 [4]では、どの系統も東南アジアから北上したとあるが(C、D、O系統とも)、根井説は、インドから北周りで中国北部に達し、そこから南、北、東へ広がったとする点が特徴的です。また日本列島への流入も、D2系統が1.5~1.2万年前としているのに対し、根井説は3万年前の後期旧石器時代からとしている。これらは残された課題です。
松本秀雄
アイヌ・本土・沖縄の三集団のGm(免疫グロブリン)遺伝子は北方型に属する。北方型の標識遺伝子はバイカル湖北部に住むブリアートでもっとも高頻度に出現するので、日本人発祥の地はシベリアのバイカル湖畔に求められるという仮説を提唱した。
針原伸二(東京大学)
現代人のミトコンドリアDNAの九塩基対の欠損頻度が南方集団で高いのに対して、日本列島や朝鮮半島では低く、しかもアイヌと沖縄集団では、渡来弥生人を介して北方アジアの遺伝的影響を受けている本土日本人よりさらに低い。
田島和雄(愛知県がんセンター研究所)
HTLV-I(成人T細胞白血球ウイルス)の分布は、環太平洋地域ではシベリア・沿海州・南米に限られ、朝鮮半島・中国、およびニューギニアを除く東南アジアには及んでいない。列島の南北両端や本州の海岸部など日本の僻地に偏在するこのウイルスの保有者は、弥生時代に朝鮮半島や中国から渡来した集団の子孫ではなく、それ以前の縄文人や旧石器時代人の子孫であり、彼らの原郷は北アジアのどこかであったはずである。
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次回は、北方起源説を土台にした三ルート渡来説を紹介します。