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2009年05月04日

モンゴロイドの成立

DNAでたどる日本人の成り立ち1でスタートした日本人の起源シリーズは、
①シベリアから細石刃文化をたずさえて、後期旧石器時代晩期(約2万年前)にサハリン経由で北海道・本州に至る経路と、中国東北部→朝鮮半島を経由して九州・本州に至る経路の二つから南下してきたC3系統。
②南方島嶼部から航海術と貝文土器をたずさえて、新石器時代早期に黒潮に乗って北上し、日本列島の南部に達した貝文文化民C1系統。
③新石器時代に華北→朝鮮半島を経て九州に達し、その後本州を経て北海道まで達する、縄文文化の中心的な担い手D2系統
④弥生から古墳時代にかけて大陸からやってきた華南の長江文明を担ったO2系統、および華北人のO3系統。
と概観することができる。
これは、骨や歯の形態学的研究に携わる人たちの大半が指示している「南方起源説」に対して(ターナーや埴原和郎)、「北方起源説」であり、現代の遺伝形質やウイルスの抗体保有率の研究者たちに一致している意見である。
ただし単一系統の一元論ではなく、北海道・東日本を中心にしたシベリア後期旧石器人C3、日本列島は華北人D2、琉球列島・九州南部は南方系C1とする三ルート渡来説といえよう。
この説をたどる上で、まずはモンゴロイドの成立から見ておきたい。
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以下、池田次郎著『日本人のきた道』より。
最終氷期の東アジア
7万年前に始まり約1万年前に終わるヴュルム氷期。
(下図は最近6万年のグリーンランドの気温変動。右が6万年前、左が現在。いつでもLOUPEからお借りしました。クリックすると大きくなります。)
a4ccf47c.jpg
この頃、中国南部暖温帯-亜熱帯の森林型で、動物相はジャイアントパンダ・トウヨウゾウ・バクなど。中国北部朝鮮半島冷温帯の森林・草原型で、動物相はナウマンゾウ・ウマ・ケサイ・オオオツノジカなど。西部では草原要素が、東部では森林要素が比較的多い。
南の暖温・亜熱帯と北の冷温帯を分ける重要な境界は、北緯30-35度あたりを東西に走る標高2000-3000メートルの秦嶺(シンレイ)山脈と東の淮河(ワイガ)を結ぶ秦嶺-淮河線である。
後期旧石器時代は、4万年ほど前、シベリア西部で開発された石刃技法の出現で始まる。東と南へと拡散した石刃技術は、シベリア東部からモンゴル・中国東北部・華北・沿海州・朝鮮半島を経て日本へも伝わったが、中国南部には達しなかった。
2万5000年ほど前、細石刃技法というさらに高度な石器製作法がバイカル湖付近で生まれ、2万年前ぐらいになると、この新技術は東アジアから極北圏の各地に普及した。これも秦嶺-淮河線より南ではほとんど発見されていない。
初期モンゴロイドの出現
北京原人が発見された猿人洞の上にあることから山頂洞と名づけられた洞穴から、1万8000年前の上洞人(山頂洞人)の遺骨が発掘された。呉新智は、上洞人は現在の中国人・アメリカのモンゴロイド・イヌイットの共通祖先にあたるもので、初期モンゴロイドはこの時期に形成されつつあったという見解を発表している。
華南でも、上洞人より1、2万年古いと考えられる柳江人の頭蓋骨が見つかっており、進化途上にあるモンゴロイドの初期形態をもつものといわれている。
特殊化モンゴロイドに対立する用語として設定された初期モンゴロイドとは、上洞人のように変異に富み、寒冷適応形態をまだ獲得していない集団である。後期旧石器時代の前半までには、モンゴロイドの原型となる集団が華北でも華南でも生まれていたに違いない。
秦嶺-淮河線の南北に分かれて住んだ上洞人と柳洞人の違いは、
上洞人は、華北の冷温帯の森林・草原型の動物を槍でしとめたり、落とし穴やワナをしかけて捕獲していた。木の実を集め魚介類もとっていたが、基本的にはハンターであった。
それに対して華南の柳洞人は、後期旧石器時代に入っても剥片石器は発達せず礫器が多く使われていたが、これは根菜類など植物食への依存度が高かったことを示している。
下図は日本人はるかな旅展よりお借りしました。クリックすると大きくなります。
07a.jpg
特殊化モンゴロイドの成立と拡散
北方モンゴロイドの寒冷適応形態は、最終氷期の極相期(約2万1000年から1万7000年前)の東シベリアで形成された。ハウエルズは次のように語る。
この極相期にユーラシア大陸北部の気温は一段と低下し、空気はますます乾燥していった。とりわけアルタイ山脈やバイカル湖付近の山々には厚い氷河が発達し、そこに閉じ込められた後期旧石器時代人たちは、想像を絶する寒気にさらされることになった。そこで唯一の生き残る手段は、肉体的にも文化的にも寒冷適応を遂げることであるが、これに成功した人々が特殊化モンゴロイドの原型である。
東アジアの新石器時代人の身長・上顔高・顔面上部と下部の平坦度には、バイカル湖東岸一帯から華南にいたる南北方向の地理的勾配が認められる。ハウエルズは特殊化モンゴロイドがシベリアから拡散したとしているが、その証拠はない。
しかし根井正利は、華北の新人が南下したと考えているし、尾本恵市も、長江を境にしてその南北に長期間、遺伝的に隔離されていた集団が存在し、新石器時代以後、北の集団が南へ広がり混血がおきたと推測している。また温暖な江南地域の新石器時代人の顔が扁平であることなども、かなり古い時期に北方集団の影響がこの地の及んでいたことを示唆している
これに対して、モンゴル・シベリア東部・極北の一帯は特殊化モンゴロイド一色に変わった。しかし、現在この地域に住む北方モンゴロイドは、必ずしも均質な集団ではなく、イヌイト・チュルクなどの極北型、エヴェンキ・オロチなどアムール川流域のバイカル型、モンゴル・ブリアートなど内陸の中央アジア型に大別される。
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次回は、日本人はどこから来たか? 北方起源説および三ルート渡来説を紹介します。

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comments

面白いですね。
見合婚 ⇒ 恋愛婚 に移行するにしたがって
離婚率が増えてくると言うのは、恋愛が男女をくっ付ける力は短期間しか続かなく、その効用がなくなると、逆に離れやすいと言う事でしょうか。
SEXの回数も、都会では、性的な挑発文化に溢れているのですが、都市部の方が少ないと言う事実は驚きです。
田舎のほうでは、他にする事がなく、夫婦間の密度が高くなるのでしょうか? やっぱり田舎で暮らすほうが幸せなのかな~。
それにしても最近のSEX回数は、『1年以上~半年していない』の数が約半数。半分の男女がSEXしていないとは驚きですね。
これは何故なのでしょうか?推論でも解説が欲しいところです。

  • アンニョン
  • 2009年7月22日 18:50

>1973年の、「第2次婚姻ブーム」
1973年って第2次婚姻ブームだったんですね!初めて知りました。一方1973年はたしか第2次ベビーブームの最盛期だったと思います。
一見相反する事象のように思いますが、その辺り、何らか関係があるのでしょうか?

  • mrran
  • 2009年7月28日 22:17

アンニョさんコメントありがとうございます。
日本のセックス回数減が意味すること、直感としては男女が共同して生産できる場を失ってしまったことではないでしょうか?凄まじい圧力や喜びを共にかんじることなどすくないのでは?
とはいっても活力が出る場と答えには自然と人は集まり、今や旧規範にかわる規範を生み出せる土壌はあるのではないかと思っています。

  • Hikaru
  • 2009年8月4日 22:06

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