集団を超えた、共認原理に基づく婚姻体制って過去にあるの?シリーズ。
1 [1]、2 [2]、3 [3]、4 [4]、5 [5]、6 [6]、7 [7]、8全面交換と購買婚 [8]、そして、9父方交叉イトコ婚 [9]まで見てきました。
このシリーズもいよいよ次回で終わりますが、今日はこれまで紹介してきたレヴィ=ストロースの『親族の基本構造』を総括しておきたいと思います。
難解かつ膨大な論文なので、総括というのはおこがましいですが、次の3点の問題点に絞ってお届けします。
1.単系(父系または母系)のみを対象としており、それ以外の非単系は除外している。
2.限定交換モデルは実態があるが、全面交換モデルは現実性をもたない。
3.未開社会の外婚制を「女の交換」とするのは、観察当時の全面交換圏においてはほぼ妥当するが、限定交換圏においては必ずしもそう言えない。
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1.単系(父系または母系)のみを対象としており、それ以外の非単系は除外している
単系・非単系という出自の人類学的定義は以下のようです。
出自とは、親族関係、つまり身分・職務・帰属・権利などの「継承」と、財の「相続」を司る原理のことで、次の3パターンに分けられます。
①単系出自:継承の経路が一方のみを通る場合で、父を通る場合は「父系出自」、母を通る場合は「母系出自」という。
②両系出自:継承するものによっていずれか一方の単系出自に拠る、というように、父系と母系が互いに重ならないかたちで並置する場合。
③共系(双系)出自:父系と母系が入れ替え可能で、二つともが働く場合もある。「無差別出自」ともいう。
上記のうち『親族の基本構造』は単系(父系あるいは母系)のみを考察対象にしています。
厳密な意味での単系社会は少なく、非単系(両系、双系)社会のほうが一般的であるとされているが、レヴィ=ストロースは、非単系は基本構造の範囲に入らないとして考察から除外しています。まずはこの限界を知っておく必要があります。
なお、日本は双系とされているので、単系出自のイメージができないのは当然です。
そこで少し補足すると、単系出自とは、父系であっても母系であっても、生れ落ちたときに所属が決まり、一生変わりません。
父系出自の場合、嫁入りする妻だけが旧姓のまま(いわばよそ者)で、子は父方の姓を名乗り、父方の集団の所属になります。母系出自の場合はこの逆で、夫だけが別所属となります。
このように単系出自の外婚制においては、父(夫)と母(妻)は必ず別の集団に属することになります。(『母系社会』って何?~ちょっと整理してみました [11] 母系・父系の有様と双系の謎 [12]を参照。)
2.限定交換モデルは実態があるが、全面交換モデルは現実性をもたない
単系出自だけを考察対象とした上に、さらに続けてレヴィ=ストロースは、「未開社会が事実上は複合的親族構造(基本構造の複合またはその変形)の範囲に入る」としながらも、「考察は基本構造の理論に限定する」とし、さらに、
「限定交換は純粋なかたちで生まれて発展するが(引用者注:オーストラリアの事例)、全面交換は限定交換ほどの現実性をもたない」と言っているように、全面交換モデルはきわめて抽象的な概念モデルであり、現実を映し出すものではない。(限定交換と全面交換は5 [5]を参照。)
このことが、この書籍の難解で、現実の姿が見えてこない欠陥の一因になっていると思われます。
3.未開社会の外婚制を「女の交換」とするのは、観察当時の全面交換圏においてはほぼ妥当するが、限定交換圏においては必ずしもそう言えない
外婚制を「女の交換」と断ずるゆえんは、
・男と女の関係はけっして対称的ではない。男が女を交換するのであって、その逆ではない。
・婚姻の本質をなす全体的交換関係は、各人がなにかを負いなにかを受け取る一人の男と一人の女の間にでなく、二つの男性集団の間に成立する。女はこの交換関係のなかに交換パートナーの一方としてではなく、交換される物品の一つとして登場するのであって、このことは〔交換される〕娘の感情が考慮される場合でも(考慮されるのがふつうであるが)、やはり真実である。
それを支える根拠は、
・基本構造を考察する上で、上記1で見た出自規則(父系か母系か)と居住規則(婚姻後の居住は父方か母方か)の二つの軸があるが、前者は二次的で後者のほうが重要。
・父系体制に匹敵する数の(おそらくそれ以上の)母系体制が存在するが、しかし母方居住を同時にとる母系体制の数は極端に少ない。父方居住が恒常的に見られることは、人間社会を特徴づける基礎的関係、性のあいだの非対称性を物語る。
父系・母系にかかわらず父方居住が大勢を占めており、さらに全面交換圏では実際に、「購買婚(性的商品価値の買取り)」が併存しているので(8全面交換と購買婚 [8]を参照)、観察された19世紀頃にはすでに私有婚的色彩が濃厚であり、「女の交換」とみなす妥当性がありそうです。
しかし、少数ながら存在する母方居住(婿入り婚)の場合は、「男の交換」と呼ぶほうが妥当性が高い。
また、限定交換圏のオーストラリアでは購買婚は発生しておらず、したがって財(性的商品価値)として交換する発想はなかったと考えてよい。
ただし父方居住をとったところ、つまり嫁入り婚になれば、「女の交換」的色彩が濃くなるが、財の交換というより、人(女)の相互移動とか交替と表現することができる。
それでもレヴィストロースが「女の交換」にこだわったのは、「男が婚姻の主導権を握る」との考え方を変えられなかった点にありそうで、それは
・贈り物交換は平和的に解決された戦争であり、戦争とは不幸にして失敗した商取引の帰結である。
・婚姻とは社会的に調整された敵対行為である。
といったように、19世紀頃に観察された未開社会がすでに同類闘争圧力に包囲されており、出自の母系的性格より、政治的権威の男性的性格(→居住規則が父方へ)が上回っていたからだと考えられます。
★この点は、「哺乳類は(自然界でも一般には)メスが生殖過程を主要に担い、オスが闘争過程を主要に担うことによって、メスとオスが調和し、種としてのバランスを保っている。それが、オスとメスを貫く自然の摂理である。(実現論 前史 ロ.雌雄の役割分化 [13]より)」に反している疑いが濃厚です。
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(補足)
★日本はどうなんだろう?
1に書いたように、日本は双系なので『親族の基本構造』の考察からは除外されていますが、では一体どうなっているのだろう?との疑問があると思います。本格的には別途追求に委ねますが、備忘録的に記録しておきます。
(1)日本における母系・父系の定義しなおし
人類学的な出自の定義に従えば日本は双系となりますが、これでは有効な分析ができないので、居住形態および財産継承に従って、母方居住や財産の母系継承をもって「母系」、父方居住や財産の父系継承をもって「父系」と、定義しなおす必要があります。
(2)日本は出自規則ではなく、土地権体系を社会の基準にしている
考察の対象外とはいえ、レヴィストロースは双系社会の構造に触れているので紹介しておきます。
・社会的凝集様式を定義・変形するときの基準は、単系が安定した出自規則であるのに対して、双系は土地権体系である。
・単系は人(個体)の身分が他のすべてを決定する、いわばそれが内部的な骨格になって社会を構成しているのに対し、双系は土地所有規約の連繋が外部的骨格になり、個体はこの範囲内で、ある程度自由に自らの家族的・社会的身分を定義できる社会である。
これによれば、単系社会が厳格な出自系統をアイデンティティーの基礎にしており、それゆえに人の連繋(外婚制)によって集団の連帯を形成しているのに対し、逆に日本のように土地所有規約の連繋、つまり集団同士の共認によって集団の連帯が成り立っている社会では、人はその中で自在に内婚制をとりうることなります。
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如何でしたか?日本の婚姻制も少し垣間見えてきましたね。
では、このシリーズの最後は、純粋な限定交換体系のオーストラリアの実態を、アボリジナル研究者の書籍から紹介したいと思います。
親族構造というやや抽象的なエントリーが多かったので、最後はより具体的な現実が見えるようなエントリーで締めたいと思います。お楽しみに~ 