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2023年03月06日

【古代西アジアの文明史②】定住化により変わり始めた人類の世界観

古代西アジアの定住生活イメージ。画像はコチラからお借りしました。

 

前回の記事(古代西アジアの文明史①)で扱った、集団社会の様子が大きく変わった各時代の状況について、より詳しく見ていきましょう。

まず最初の狩猟採集・定住の時代から、注目すべき2つの痕跡を見てみましょう。それが、定住生活が始まったとされるナトゥーフ文化(BC12500-9500頃)と、神殿(代表的なのはギョベクリ・テペ(BC10000~8000頃)と呼ばれる遺跡)です。

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ナトゥーフ文化は、現在で言うシリア南部~イスラエル周辺の丘陵地帯で遺跡が見つかっており(代表的なのはイェリコと呼ばれる集落)、前記事のとおり、乾燥化により、ヨルダン渓谷に沿った湿潤な疎林地域、森林ステップに人口が集中したことによって人類が初めて定住化したと考えられている地域です。

 

ところで、ここで人類の意識の面で大きく変わったと考えられるのが、定住化に伴う人類の自然への認識の変化です。

それまでの人類は、あるがままの自然の中で自然に頼って生きていましたが、自然の恵みを蓄え、加工し、貯蔵するというのは、ある種の「自然を制御していく」観念とも言えます。これは土地・森林を開拓し、水の流れを変えて生きる農耕民の自然観にも大きく通ずる部分です。

食糧の加工に使ったとされる石のすり鉢。画像はコチラからお借りしました。

 

また、ナトゥーフ文化と同じ時期に、少し北のトルコ南東部にある丘の上に、ギョベクリ・テペと呼ばれる神殿がつくられています。一番古い範囲は今から1万2000年前に建造されたものと推定されており、これは世界最古の高度な文明と言われているメソポタミア文明よりも約7000年も前の時代です。その時代に、石灰岩で出来た、高さ6メートル以上で数十トンの石柱などが作られていたというのだから驚きです。

 

まだ全体像のごく一部しか発掘されていないようですが、遺跡の特徴として見られるのが、石柱や壁にはヘビ、キツネ、イノシシ、鳥などの動物のレリーフが多く刻まれており、中には半人半獣神(人の頭を持つ鳥など)も描かれているようです。また、動物の骨や初期のビールが入っていたと思われる容器なども発掘されているようです。

画像はコチラからお借りしました。

遺跡の様子から、この場所が集団の共同体儀礼の場でもありながら、食料の貯蔵・分配のための場所でもあったと考えられています。

一方で、ナトゥーフ文化とは違い、住居跡が見つかっていないようで、この遺跡と生活拠点との関係性はどうなっているのか?は気になるところです。

いずれにせよ、縄文土器などと同様に、崇拝対象を観念化させることで、集団の統合、集団同士の交流を図っていたのではないでしょうか。この時代、神や天などの世界観があったかどうかは不明ですが、後々の超常的な観念に繋がっていたものだとは考えられると思います。それがこの約1万年以上前から、自然・同類外圧による激変の西アジアの世界観で様々な様相に塗り重ねられていったのでしょう。

 

次回はもう少し先の農耕~都市文明の形成あたりの様子を見ていきたいと思います。

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