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2011年10月06日

 『日本の婚姻史に学ぶ、共同体のカタチ』「夜這い婚って何?」

 『日本の婚姻史に学ぶ、共同体のカタチ』シリーズ 第一回は、「 (1) 夜這い婚って何?」です。

まず、夜這い婚の仕組みを明らかにし、現代との違いを明確にするために、女性の方に質問です。

Q1.「貴女のセックスの相手は誰ですか?」
戦後、アメリカの文化の洗礼を強く受けた日本女性の場合、既婚者なら「夫です。」未婚者なら「いません」というのが模範的な回答でした。正式な婚約者でも結婚式の前にセックスをすることはタブーでした。文字通り挙式の日の夜が「初夜」だったのです。
現代は、婚前交渉のタブーがなくなり、未婚者でも「彼とセックスしている」のが当たり前になっています。逆に既婚者でもセックスレスで、「相手がいない」という回答も増えていそうです。
では、
戦前の西洋文化の影響をあまり受けておらず、日本の文化を色濃く残した農村の女性なら、何と答えたと思いますか?
今では殆どの人が一対婚(一夫一婦)制度の中で生まれ育ち、それが当たり前のようになりましたが、一対婚制度の歴史は実はとても浅いことを皆さんご存知でしょうか。
明治以降、西洋からの近代思想により一夫一婦の考えが取り入れられ、戦後の日本国憲法によって現在の一対婚制度は法制化されましたが、庶民の間では1960年代まで夜這いの風習が残っていた地方もあります。つまり、1万6500年前の縄文時代からの日本の歴史でみると、実はほんの50年(0.3%)程度しかないことがわかります。
Q2の答は、現代とのあまりの価値観の違いに驚かれる方が多いと思いますので、まず、るいネットに紹介された、「夜這いの民俗学」赤松啓介著より下記の文章を読んで当時の雰囲気を味わってみてくだいさい。
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梅雨どき、長雨にうんざりすると若衆たちは、気がねのいらぬ仲間の家の内庭や納屋へ集まって縄ないなどの手作業をした。君に忠、親に孝などというバカはいないから、娘、嫁、嬶、後家どもの味が良いの、悪いのという品評会になる。
「おい、お前、俺んとこのお袋の味、どないぞ。」
「わい、知らんぞ。」
「アホぬかせ、お前の帰りよんの見たぞ。」
「ウソつけ。」
「月末頃にまた留守にするで来てな、いうとったやろ。どアホ。親父に行くな、いうたろか。」という騒ぎになった。
「お前、今晩、うちのネエチャに来たれ。」
「怒られへんのか。」
「怒ってるわい、この頃、顔見せんいうとったぞ、味、悪いのか。」
「そんなことないけんど、口舌が多いでなあ。」
「そら、お前が悪い。いわせんように、かわいがったれ。」
まあムラのイロゴトは筒抜けで、まことに公明正大である。こうしたムラの空気がわかっていないと、夜這いだの、性の開放だのといっても、なかなか理解できず、嘘だろうとか、大げさなこというてとかと疑うことにもなるのだろう。教育勅語を地で行くようなムラはどこにもあるはずがなく、そんなものを守っておればムラの活力は失われ、共同体そのものが自然死するほかなかった。
「あんた、なあ。」
「なんや。」
「うちのカアちゃんどない。」
「嫌いやないでえ。」
「今晩来たってくれるか。」
娘がこうして取持ちするのもある。
性交するだけで、すぐ結婚しようなどというバカはいない。性交は、いわば日常茶飯事で、それほど大騒ぎすることではなかった。しかし、結婚となると家とかムラとの関係が大きくなり、それほど簡単ではない。これを強いて上からの権力で統制しようとするから、いろいろな歪みが生じ、表向きのキレイゴトの陰に売春産業や売色企業が繁昌することになる。

 一見、あけすけで品のない会話のようですが、貞操観念などという余計な観念を取り払って読めば、周りの女性達が充足できるように、皆で情報を交換し、性的な期待を掛け合っている姿は、非常に思いやりに溢れた光景であるといえます。
これらの会話から、もともと日本では、性に対して開放的であり、戦後のように秘め事ではなかったことがわかります。
最大の共認充足である性の充足は村の活力そのものですから、ムラ全体で性の充足を肯定的に共認し、共同体の規範として、皆が充足できるように期待を掛け合うのは当然といえます。
また、お袋やネエチャの性を充たす為に、男たちがお互いに期待や指摘を交し合っているこれらの会話からは、性充足の主役が女性であった点も、戦後との違いとして注目されます。
生物を貫通する摂理として、男(オス)は女(メス)、子どもを充足させる(守る)ための存在ですが、性の場面においても、女たちを充足させることが男たちの課題となっていたのでしょう。
考えてみれば、貞操観念や純潔などという観念は、男の独占欲に女たちが応えた結果であり、女たちにとっては、充足を制限されるだけの不自由極まりない規範です。
その挙げ句、現代では、その性充足さえ失われて、セックスレス、非婚、晩婚、離婚率の上昇などの男女関係そのものが行き詰まりつつあります。
性の相手がみんなの期待によって決まり、性の充足がみんなの共認充足となっていた日本の性文化からみれば、現代の男発の独占欲から得られる性の充足とは、180度違う事が解ります。

最初の問い「貴女のセックスの相手は誰ですか?」に対する本来の日本文化を受け継いだ女性たちの答はもうお判りでしょうか?
女たちの充足を第一とした「夜這婚の基本は(性的年齢に達した者)みんなと充足」だったんです。
日本の農村では、女たちが充足し、安心していることが共同体の維持・統制に必要不可欠であり、村の活力=皆の共認充足=性充足であることを皆で共認していました。
 したがって性充足を 村の重要な統合課題として、「性も公明正大」に男たちで課題共認し、皆が充足 できるような婚姻制度を作り上げたのが、夜這婚だったのです。
「日本の伝統的な男女関係」を簡単にまとめると、
女発の充足期待→男たちの課題共認 →みんな課題となった性充足
→開かれた性充足(性も公明正大)
→村の活力=共認充足△
次回は、夜這婚の実際の様子や子育はどうしていたかなどを、詳しく見ていきたいと思います。

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