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2016年01月01日

10/14実現塾「サル・人類史年表2」~同類闘争を共認原理でどう統合するか?

前回に続き、10/14実現塾「サル・人類史年表」の議事録要約版を投稿します。
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サル・人類史の追求は、日本の再生をどうする?という課題とも密接に繋がる、極めて現代的な課題である。

サル・人類に固有の共認機能は、相手の期待に応えることによって充足を得ることができる機能で、サル・人類の最大の活力源となっている。※共認とは、共に認め合うこと。
霊長類3000万年、人類500万年を貫く統合原理は、共認原理である。事実、人類は500万年に亘って課題を共認し、役割を共認し、あるいは規範や評価を共認して存続してきた。そして、個体(の意識)や集団や社会は、人々が、それらの共認内容に強く収束することによって、統合されてきた。又、そこでは、集団を破壊する自我や性闘争は、永い間、封印されてきた。
ところが、5500年前、人類は共認原理による社会統合に失敗し、その結果、略奪闘争(戦争)の果てに私権統合の社会が出来上がった。
これは共認機能が、互いに顔の見える範囲の個体と集団の統合機能であって、そのままでは集団を超えた数百万人もの社会空間を統合する事は出来なかったからである。

約1.5万年前、人類は弓矢の発明によって洞窟を出て地上に進出して以降、次第に人口が増大し、それにつれて集団間の軋轢も増大してゆく。人類は共認原理を集団外にも延長して贈り物を通じて友好関係の維持に努めたが、やがて、その同類闘争の潜在的緊張圧力に対応して、人々は自集団を正当化する守護神信仰に強く収束してゆく。こうして集団的自我が発現し、永い封印が解かれてゆく。そして遂に5500年前頃、乾燥と飢餓を契機として略奪闘争が開始され、玉突き的に世界中に伝播していった。こうして、5000年前頃には、人類最初の武力支配国家が成立する。

力の原理に貫かれたこの社会は、序列原理によって統合される。それが身分制度である。この力の序列原理は、性闘争を止揚する統合原理で、哺乳類やサルに一般に見られる統合様式である。しかし、人類社会は、力の原理だけで統合される訳ではない。力の序列は極めて不安定であり、すぐに崩壊する。人類社会は、人々が力の序列を共認し、それを言葉化した「身分」を共認することによって、はじめて安定的に統合される。つまり、この社会は、力の原理を追共認することによって秩序化されている。
この序列社会では、当然、力に応じた私権(私有権)が共認される。そして、私有権が共認されると、社会の全ての物財は(女も含めて)悉く私有の対象となり、人々は私権を確保しなければ生きてゆけなくなる。つまり、私権の共認は、否も応もない私権の強制圧力を生み出し、万人を私権追求の主体に改造してゆく。
実際、この序列社会の活力源は、女や財や身分を追い求める私権欠乏であり、誰もが私権を求めて争う私権闘争である。
従って、序列統合の社会は、誰もが私権(の獲得)に収束することによって統合された、私権統合の社会であると云い換えることもできる。

このように、人類は(わずか数十年~数百年という短い期間では)集団を超えた同類闘争を止揚・統合する機能or場を作り出すことが出来ずに、あっという間に略奪闘争(戦争)に席巻されてしまったのである。そして、力の序列原理に則った武力支配国家の下で、人々は私権を共認し、万人が私権の獲得(=私権闘争)に収束する私権統合の社会が出来上がった。

しかし、その私権社会も、’70年頃、貧困が消滅したことによって一気に私権闘争の圧力が衰弱し(従って活力が全面的に衰弱し)、もはや私権闘争に基づく国家や市場では、社会を統合できないことが明らかになってきた。
今、人類がぶつかっているのは、略奪闘争や私権闘争を超えた新たな社会統合の仕組みをどう作り出すのかという未明課題である。同時に、人類は改めて、5500年前には出来なかった、集団間・民族間の同類闘争を共認原理でどう止揚・統合するのかという課題を、突きつけられているのだと云えよう。

その実現基盤は何か?

同類闘争圧力を主圧力源として、共認充足を最大の活力源として進化してきたのが、サル・人類である。
私権圧力が衰弱した以上、その強制圧力によって抑圧されてきた人類本来の活力源が再生されてゆくのは、当然の理(ことわり)である。
事実、’70年以後、貧困の消滅に伴って私権追求はもはや第一の活力源ではなくなり、代わって、周りの期待に応えることによって得られる充足(安心や喜び)、すなわち共認充足こそが最大の活力源となっており、人々の期待に応える能力こそが現在の同類闘争の制覇力となっている。この共認収束こそ共認原理による社会統合の実現基盤である。

人類は、既に貧困(物的な生存圧力)から脱却した以上、生存圧力を背景とする同類闘争(略奪闘争や私権闘争)から、共認圧力を背景とする同類闘争へと脱皮するしかない。その新しい同類闘争とは、人類本来の共認機能に基づく共認闘争である。すなわち、環境その他の人類的課題に対する期待と応望を主活力源にして創造活動を営み、評価収束による創造競争(=新たな同類闘争)によって圧力=活力を高め、その同類闘争を同じ評価収束⇒評価共認によって統合する社会、これが次代の共認社会である。つまり人類は今、史上はじめて、人類本来の共認機能に基づく共認闘争によって掠奪闘争や私権闘争を止揚し、社会を再統合し直す段階に来たと云えるだろう。

その先導を担うのが、日本人である、日本はつい1800年前まで共同体社会であり、それ以降も、あまり激しい略奪闘争を経験せず、世界で最も本源的な縄文体質(共認体質)を色濃く残している民族が日本人である。従って、これからの共認時代をつくる上で、日本人が果たすべき役割は極めて大きい。

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