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2016年05月04日

人類がチンパンジーと分岐したとする定説の根拠1~1960年以前は人類アジア起源説だった

人類は、500万年前、チンパンジーとの共通祖先から分岐したというのが定説になっているが、その定説はどのような根拠で成立したのか?
1960年以前は化石を元にしたアジア起源説だったのが、次第に、分子時計を前提とした分子系統学によってアフリカ起源説に塗り替わっていったらしい。
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●1932年、インドのシワリク高原でラマピテクスの上顎・下顎と歯の化石(1400~800万年前)。歯列や犬歯・臼歯の形や質が類人猿よりも人類に似ていたので、60年代にはラマピテクスが人類の直系祖先とされるようになった。人類はラマピテクス以前に分岐したとされ、当時の人類学の教科書では、類人猿とヒトの分岐は4000~3000万年前と書かれていた。

●1960年代に分子系統学による種間距離の測定が始まる。
グッドマンは、抗原抗体反応の大きさを使って霊長類種間の免疫学的距離を推定した。
ヒトの血清タンパク質をウサギに注射すると、ウサギはヒト血清タンパク質に対する抗体をつくる。その抗体を含むウサギの血清(抗ヒトタンパク質血清)をヒトやサルの血清と混ぜる。ヒトの血清とは強く抗原抗体反応を起こし沈殿物が多く出る。チンパンジーやゴリラの血清との反応よりも、オランウータンの血清との反応は明らかに弱かった。反応が強いほど、ヒトの血清タンパク質とアミノ酸配列が似ていると考えて、グッドマンはオランウータンよりもチンパンジー・ゴリラの方がヒトに近いと結論づけた。

1967年、サリッチとウィルソンは免疫抗体法で推定したヒトや類人猿の免疫学的距離に分子時計の考え方を導入して、分岐年代を推定した。
ヒト・チンパンジー・オナガザルの血清アルブミン抗体をつくり、ヒトや類人猿、オナガザルの血清と反応させ、ヒト・チンパンジー・ゴリラ・ウランウータン・テナガザルの免疫学的距離を推定、ヒトはオランウータンよりもチンパンジー・ゴリラに近縁であると結論づけた。
さらに、種間の免疫学的距離の常用対数が2種の分岐年代に比例すると仮定して相対的な分岐年代を推定。オナガザルと類人猿が分岐した絶対年代を化石記録から3000万年前と固定。そこから計算してチンパンジー・ゴリラとヒトが分岐したのを500万年前と推定した。

●分子生物学者と化石学者(1400万年前のラマピテクス説)との間で論争が始まるが、次第に分子系統学派が優勢になってゆく。
例えば、1970年代には、雑種DNA形成法による遺伝的距離の測定が始まる。
比較する動物の二本鎖DNAをほぐして一本鎖にし、混ぜ合わすと二種のDNAが組み合わさった雑種DNAができる。二種の動物のDNAでは塩基配列が少しずつ違うので、雑種DNAでは、元のDNAのような結合対は組めなくなり、熱的に不安定になる。熱安定性の低下の度合いを図ることで、DNA塩基が異なっている割合を推定する。これが雑種DNA形成法。
1977年、サリッチとクローニンは、免疫学的距離と雑種DNA形成法による遺伝的距離を測り、オランウータンが分かれたのが1100~900万年前、ヒト・チンパンジー・ゴリラが分かれたのが500~400万年と結論づけた。

1978年、パキスタンのポトワール高原でシヴァピテクスと呼ばれる類人猿の顔面と頭蓋片の化石が発見された。化石形状からシヴァピテクスがオランウータンの祖先とされると同時に、ラマピテクスもシヴァピテクスのメスであり、オランウータンの祖先と看做されるようになる。1980年代以降、人類のアジア起源説は廃れ、500万年前アフリカ起源説が学界の定説となった。
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【参考】
『新しい霊長類学』京都大学霊長類研究所 講談社ブルーバックス
『ヒトはどのようにしてつくられたか』山極寿一 岩波書店
『シリーズ進化学5 ヒトの進化』斎藤成也 岩波書店
『DNA人類進化学』宝来聡 岩波科学ライブラリー
『DNAに刻まれたヒトの歴史』長谷川正美 岩波書店
『アナザー人類興亡史』金子隆一 技術評論社

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