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2016年07月21日

人類とは初めて無意識を持ったヒトである

気になる記事があった。
ネアンデルタールとホモ・サピエンスの違いは無意識にある、というが、
進化機能としては、本能機能、共認機能、観念機能ともに獲得しており、違いは無い。
脳回路の接続、結びつき方が違うのであろうか、、

結びにおける、無意識をできるだけ純粋な形で取り出そうとする試み、という点は共感できる。
わかりにくい言葉が並んでいるが、
閉塞した現代社会において、その実現基盤たる無意識=潜在意識は本源社会の実現を望んでいるのであり、だからこそ無意識を顕在化させ、可能性に導くことが重要であり、現代的な最も重要な課題である、と読んだ。

贈与の生物学① 脳神経の配線変化による人類の誕生
◆ネアンデルタールとホモ・サピエンスの違いは無意識にある
 ネアンデルタール人は、高度な技術的才能を持ち優れた石器を作り出した。間違いなく言語も話していた。ネアンデルタール人は妊娠期間が1年近くもあった。そして、ネアンデルタールは、子ども時代が非常に短く、3歳でも新人の成人並の脳を持っていた。けれども、ネアンデルタール人の脳は言語的認識を行う部分、社会的認識を行う部分がバラバラに別れて発達し、それぞれが独立して作業をしており、その間のスムーズな連携網は発達していなかったらしい。けれども、象徴的思考、メタファーの能力が欠如していた。

 一方、ホモ・サピエンスでは、脳内の結合組織が横断的につながれ、これまでなかった流動的知性が発達する。このことで、人類は「記号」ではなく「意味」として物事を理解できるようになり、そこから「言語」もいまある形へと組織化される。

 あらゆる言語は、異なる領域を重ねて圧縮する「隠喩(パラディグマ軸)」と異なる領域をずらす「換喩(シンタグマ軸)」からできている。言語は人間の象徴だとされるが、より正確にいえば、言語を可能としている比喩能力、そして、それを可能としている流動的知性の働きこそが人間の証なのである。この比喩的思考能力によって、言葉で表現する世界と現実とは必ずしも一致しなくてもよくなり、現実から自由な思考が可能となる。このため、人類は、言葉をしゃべり、歌を歌い、神話という最初の哲学を作り出し、複雑な社会を作り出すことが可能となった。

◆統合失調症は無意識が生で表れた症状
 レヴィ=ストロースはことあるごとに「神話は無意識の行う思考である」と語っているが、象徴的思考には、圧縮や置き換えによって意味を横断的につなぎあわせていく流動的な知性活動が不可欠である。それは、豊かな無意識が必要である。そして、フロイトによれば、「無意識」は、ホモ・サピエンスは妊娠期間が短く、未熟なままに子どもが産まれてくるという「未熟さ」のため発達する。「夢」は「無意識」が語る言葉と言われるが、夢は、イメージを圧縮する隠喩とイメージをずらす換喩からできている。「無意識は言語のように構造化されている」とジャック・ラカンが語ったのはそのためなのである。すなわち、人類とは初めて無意識を持ったヒトであると定義できる。

◆無意識は個を認識しない
 この神話的思考を動かしている最も基本的な思考プロセスは、現在の科学的思考とまったく同じ「二項論理」であり、それ以来、人類の知的能力は進歩していない。けれども、神話と科学には大きな違いがある。科学は二項論理を用いてアリストテレス型の論理を働かせる。うち、最も重要なのがAという命題があり、非Aという命題があるとき、Aと非Aとは両立しえないという「矛盾律」である。

 けれども、無意識も神話と同じくアリストテレスの論理に従わない。アリストテレスの論理は「個」を認識することから出発する。けれども、無意識は「個」には関心を示さず、「個」を日本国民や人類のように一般化して扱おうとする。これを哲学者、京都大学の田邊元名誉教授は「種の論理」と呼ぶ。すなわち、フロイトが見出した無意識では自己と他者との区別をせず、個を認識しない。

◆無意識は非対称の関係性を対称的に扱う
 無意識は非対称の関係を対称的に扱おうとする。これをブランコは「対称の原理」と呼ぶ。そして、時間は消失し、部分と全体との差異もなくなる。例えば、統合失調症の患者は情動に障害があるが、ブランコによれば、それは、非対称の関係にある愛と憎しみが同質の情動として扱われてしまうためなのである。

◆対称性原理の復興が必要
 神話的思考では「対称性の論理」が働いていたが、近代以降の科学や哲学は、「非対称の原理」によって成り立ち、対称性の論理を極力排除しようとする。形而上学、資本主義の経済活動、国家権力のすべてが非対称性の論理と関係している。それが、無意識の働きに抑圧や歪みをもたらしている。
 そこで、神話の対称性の論理を復活させることには今日大きな意義がある。交換が贈与となり、言語は詩となり、人間が宇宙の一部にすぎない倫理的思考が生命を取り戻すからである。
 とはいえ、現代人がもはや神話の思考に戻ることは不可能である。「野生の思考」だけでこの状況に立ち向かうことはできない。したがって、流動的知性=無意識の中から出現する新たな智、「対称性人類学」を作り出して行くしかない。「対称性人類学」とは抑圧されていない無意識をできるだけ純粋な形で取り出そうとする試みなのである。

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