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2016年07月26日

中野明(著)『裸はいつから恥ずかしくなったか ~日本人の羞恥心』

『裸はいつから恥ずかしくなったか~日本人の羞恥心』中野明(著)を紹介します。

この本は1854年、安政元年に描かれた下田の公衆浴場の謎からはじまります。
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男女が混浴で浴場に入っていて、裸を隠すわけでも、恥ずかしがる訳でもなく堂々としている。今日では有り得ないことであるし、私たちの常識では、昔の日本でこんな混浴がごく普通に行われていたのかさえ既に知らないことになっている。

全国全てに混浴が行き渡っていたかというとそうではなくて、まだらのようにあったようだ。また銭湯からあがった人は、近ければ別に裸で帰ったという。行水や沐浴のようなことも、外から見える庭で平気で行われていたし、通りや往来に近いところでも普通に行われていたようだ。若い女性でも関係なかった。

どうしてそういう公衆の前でも裸でいることに平気だったのか、著者は裸は「顔の延長」のようなものではなかったのかと推測する。現代でも顔を恥ずかしがる人はいない。裸もそういう「顔の感覚」で捉えられていたのではないのかという。

裸体は制度により「無化」されていたのではないのか。裸は「コモディティ(日常品)」のようなものであり、珍しくもなかったし、隠すこともなかったものではないか。社会制度として裸の価値は、今日のような性的な意味を付与されたり、禁止されるものではなかったのである。

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幕末まではこういう感覚で、日本人は人前でも平気に裸をさらしていたが、西洋人の非難の言葉や西洋化に流されて、どんどん裸を見せることが罪や恥だといった禁止令や弾圧を行われるようになった。

そのことによって裸は恥ずかしいもの、「性的」なものであると日本人の意識は換気していく。裸体がコモディティのときには、人前で裸体が晒されても性的に感じたり、セクシーさを感じるものではなかった。裸が禁止され、隠されることによって、その性的な価値が増すことになっていったのである。

私たちが性的に感じたり、欲情を感じるのは、社会的に制度付けられたものに水路付けられるのではないかということだ。隠したり見せたりする社会制度の中で欲情している。言い換えれば、社会の禁止や規範に対して欲情している。性的な基準というのは、社会や公共の基準のことであり、基準がセクシーなのである。公共的な基準が私たちの性のありようや関心を決めている。

隠すことの性的快楽の増大は今日の私たちはよく知っている。逆に言えば、隠さないことによる、裸をオープンにすることによる性の無化という世界を、私たちは知り得なくなっている。みんなが裸で平気になる社会は逆に、性的な事柄や魅力が縮小する世界なのだろうか。
私たちは裸を隠して禁止する清らかな社会に生きていると思っているけど、逆に性的な欲求不満や性的な意識の増大、セクシーに感じることの快楽を知らずに拡大しているのかもしれない。

参考:『考えるための書評』

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