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2013年7月25日

2013年07月25日

明治・大正・昭和の都市住民を染め上げた恋愛観念はどのように広まったのか?

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左から「近代の恋愛観」、新聞連載時の「真珠夫人」
いよいよ日本婚姻史に学ぶ共同体のカタチ シリーズ3に突入します。本シリーズでは、男女和合の再生ロードマップを作り上げていきます。が、その前に、そもそもなぜ日本人の充足の性は崩壊したのか?をふりかえっておきたいと思います。
「明治以降、日本人になじみのない恋愛観念が定着するには、不倫をタブーとする厳格な一対婚規範が定着する必要があるが、日本人はどうしてそんな窮屈なものを受け入れてしまったのだろうか?」
この問いに答えるための時代背景として、るいネットおよび本ブログでは以下の事象を抽出してきました。
【共同体の母体は女が生み出す充足空間】~5.受難の時代(共同体みんなの充足空間が消失、自我独占の性が迷走)現行の『婚姻制度』~その中身と成り立ち(8) 日本人はどのように恋愛観念を受容したのか?
①明治政府は西欧列強諸国との対等な位置に到達すべく、西欧流の法律・制度の制定を進めた→婚姻制度の確立
②西洋から市場開放の武力圧力が加わるようになって、税制を米による「年貢」から「お金」に切り替えた→市場経済の本格化
③より強大な国家建設のために、家父長権を定め、イエを村落共同体から独立させて、天皇の下に全国民が従属する中央集権国家の形成を進めた→官僚や財閥の育成。
④一方で、食べていくために、女子は村落を離れて工業生産や都市のサービス業に従事せざるをえなくなり、村落共同体は徐々にその核心部分を失いはじめた→村における女の不在。
⑤上流階級(文化人・エリート層)の中から西欧流の近代思想や恋愛思想が広がり始めて庶民にも浸透していった。
元々は自給自足でお互い助け合って生きてきた日本は、私権を獲得しないと生きて行けない社会に変貌していきます。今回は、特に、⑤、明治以降日本における都市住民を中心に広まった恋愛観念について掘り下げていきます。
応援よろしくお願いします。

(さらに…)

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