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2016年8月14日

2016年08月14日

グループ追求は孤高の天才に勝る~江戸時代の自主追求グループ「連」

「グループ追求は一人の天才に勝る」という趣旨の書籍を紹介します。

『凡才の集団は孤高の天才に勝る--「グループ・ジーニアス」が生み出すものすごいアイデア』キース・ソーヤー著 金子 宣子(翻訳 ダイヤモンド社)

2009年3月22日毎日新聞に掲載された田中優子氏の書評を転載します。
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◇日本の伝統とも共通する創造力の秘密

 ビジネス書の書棚には近づかない方なのだが、この本の題名を見て思わず手にとった。それは私が、江戸時代の都市部で展開していた「連(れん)」というものに関心を持ち続けてきたからである。連は少人数の創造グループだ。江戸時代では浮世絵も解剖学書も落語も、このような組織から生まれた。個人の名前に帰されている様々なものも、「連」「会」「社」「座」「組」「講」「寄合」の中で練られたのである。

 私はこの創造性の秘密は、日本人固有のことではなく、人間の普遍的なありようではないのかと、常々考えていた。江戸時代では、個人が自分の業績を声高に主張しなかったので、連による創造過程があからさまに見えるのではないだろうか。コーディネイターとして人と人をつなげながら自分の能力を発揮した人こそが、日本の文化史には残っている。

 さて本書は原題を「グループ・ジーニアス」という。著者は経営コンサルタントを長く経験し、企業にイノベーション(革新)の助言をすることを仕事にしてきた。同時に心理学博士で、そしてジャズピアニストだ。この組み合わせには納得。江戸の連はジャズのコラボレーションに酷似している、と私も考えてきたからだ。そういう著者であるから、本書には即興演劇集団がどのようなプロセスで芝居を作ってゆくのか、ジャズセッションはどういう過程をたどるのか、著者自身の詳細な記録に基づいて述べられている。それと全く同次元で、ポスト・イット(付せん)がどう生まれたか、ATMやモールス信号がどのように発明されたかを書いているのが面白い。そこから見えるのは、個人の発明だと思っていたものが、実は様々な人々からの情報提供と深い意見交換を契機にしているという事実である。また個人のレベルでは十中八九失敗であるものも、最終的には画期的な発明がなされている。失敗が新しい時代につながる理由こそ、コラボレーションの力なのだ。

 江戸の連には強力なリーダーがいない。町長や村長など「長」のつく組織は明治以降のものであって、町や村もピラミッド型組織にはなっていなかった。それは短所だと言われてきた。戦争をするには、なるほど短所であろう。しかし新しいアイデアや革新を起こすには、社員全員で即興的に対応する組織の方が、はるかに大きな業績を上げている。本書はブラジルのセムコ社やアメリカのゴア社の事例を挙げ、現場のことは現場で即時対応することや、規模を小さくとどめるために分割することに注目している。それが伝統的な日本の創造過程とあまりにも似ていることに驚く。

 本書で提唱しているのはコラボレーション・ウェブ(蜘蛛(くも)の巣状の網の目)である。その基本の一つが会話だ。事例として日本の大学生の会話も収録されている。そこに見える間接的な言い回しが、可能性を引き出し創造性につながるものとされている。日本語(人)の曖昧(あいまい)さと言われるものが、実はコラボレーションの大事な要因なのだ。相手の話をじっと聞き、それを自分の考えと連ねることによって、新たな地平に導く可能性があるからだ。これは相手まかせではできない。能動的な姿勢をもっていてこそできることである。人を受け容(い)れるとは能動的な行為なのだ。

 江戸時代までの日本人は、集団的なのではなく連的であった。本書もピラミッド型集団とコラボレーションとの違いを明確に区別している。こういう本を読んで、日本のコラボレーションの伝統と力量に、今こそ注目すべきだ。
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(引用以上)

ここで挙げられている「連」「会」「社」「座」「組」「講」「寄合」とは、江戸時代の庶民による自主追求グループであろう。
リサイクル技術をはじめとして、江戸時代の日本人の技術力が世界トップレベルであったことが明らかになりつつあるが、その追求力をはぐくんだ母胎が自主グループ「連」や「講」であったことは想像に難くない。
そして、追求充足が創造の源泉であったことは、江戸時代固有の話ではなく、人類の普遍的な在り様である。それは原始時代から歴史貫通的に当てはまる構造である。

『追求のススメ(サルから人類へ:観念機能の創出)』
足の指が先祖返りして、それ以前の獣たちがそうであるように、足の指で枝を掴むことが出来なくなったカタワのサル=人類は、樹上に棲めるという本能上の武器を失った結果、想像を絶する様な過酷な自然圧力に直面した。とうてい外敵に対応できない原始人類は、洞窟に隠れ棲むしかなかったが、彼らは恒常的に飢えに苛まれていた。
彼らは常に生存の危機に晒されており、当然「どうする?」⇒「世界(自然)はどうなっている?」という未知への収束と追求回路に全面的に先端収束する。そして、人類は、直面する未知なる世界=不整合な自然世界を「なんとしても掴もう」と、自然を凝視し続けた。それは、生命の根源をなす適応本能(整合本能)と共認機能を深く結びつけることになった。そのようにして、みんなで毎日毎日追求し続ける、その中で、追求共認⇒追求充足の回路が、共認回路の奥深くに形成され、その共認充足が更に強く皆を追求に向かわせていった。

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