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2014年08月13日

高齢者が先導する新たな共同体!:プロローグ

こんにちは!

前シリーズでは「家族って何?」と題し、家族について追求してきました。

江戸以前の村落共同体の時代から明治以降に市場社会へと移行しながらも、日本人(庶民)はその共同性や集団性を守る道を常に選択してきましたが、1970年・貧困の消滅に伴い村落共同体は完全に解体され核家族社会に転換しました。家族は「集団」から「個人の集まり」へと姿を変え、現在は実体のない理想の家族像(幻想)を描いているに過ぎないのではないか、ということを学びました。

今回のシリーズでは、そのような「家族」の変遷を下敷きにしながら、現代社会が抱える大きな課題である「高齢化社会」について考えていこうと思います。テーマはずばり、「老人の役割と、老人共同体の事業化」です。

 

◆老人共同体のイメージ

さて、想像してみてください。 お年寄りが集まるシェアハウス。そこでは定年により会社勤めを終えたもののまだまだ働きたい、できれば何か地域や社会の役に立てるようなことがしたい、高齢者同士で支えあいながら生活したい、高齢でもまだまだ新しいことにチャレンジしたい、、、そんなさまざまな志をもった元気なお年寄りの男女数十人が共同生活をしています。

もちろん、単に一緒に生活しているわけではなく、シェアハウスに住む老人一人一人が出資して設立した共同出資会社の経営者でもあります。女性は、子守や保育の仕事、働く主婦の家事を支援する仕事、老人の介護などの得意な仕事に携わり、男性は、同じく子守、子供たち向けの塾の先生、畑で農作物の栽培など、様々な仕事に取り組みながら、会社経営の仕事も分担しています。 保育はシェアハウスに近所の母子が集まっては一緒に子育てをする共同保育の形をとっています。お母さんたちやお年寄り達に囲まれて子供たちは真っ直ぐに育っています。共同で面倒を見ることで子育て手間が少なくなる分、空いた時間にお母さんたちはお婆ちゃん達に料理などを教えてもらいながら、お弁当やお惣菜を一緒につくっては地域向けに販売しています。もちろん材料はお爺ちゃんたちが畑でつくった無農薬野菜などを使っており、おいしさに加え安全なことから地域の人からも大変喜ばれています。 また、

年老いて体が動かなくなったとしてもシェアハウスから出ていく必要はありません。優秀な自社の介護スタッフ=仲間が面倒を見てくれます。元気な間はずっと働き、老衰や病気で動けなくなれば住みながら介護を受け、仲間に死を見届けてもらう。ここはそんな場所です。 大きな収入はありませんが、年金と併せれば十分な収入となり、会社の利益蓄積もあります。なにより収入以上に、年老いても誰かの役に立てることの喜びを感じられることが皆の一番の幸せです。

さらに、彼らはこのようなスタイルの生活=事業に大きな可能性を感じており、もっと多くの人に知ってもらい、参加してもらい、社会に拡げていきたいとの想いから、仕事の合間に勉強を重ね、定期的に集まっては議論を重ね、保育や介護の専門的な勉強から事業展開に至るまで、様々な追求をしています

 

元気な高齢者02    元気な高齢者01

 

◆高齢者の置かれた現況

こんな想像をしてみましたが、いかがでしょうか。

冒頭にも書きましたが、村落共同体が一部残っていた時代までは高齢者にも集団としての役割が、居場所が存在していましたが、核家族の完成以降には高齢者の居場所は無くなり、家族や社会からも厄介視されるような肩身の狭い存在に成り果ててしまいました。

なぜ、このような事になったのでしょうか。 核家族の発生は意外に古く、明治時代まで遡ります。 明治時代になり近代市場社会が幕を開けると、株式会社が次々と設立されるようになり、それまでの共同体における職住一体の環境から、会社勤めという職住分離のスタイルに変化していきます。会社勤めの主役は稼業を継ぐ必要のない次男や三男などであり、生家や共同体を離れ都市部に住まい始めます。これが最初の核家族形態の誕生です。

村落においては共同体を守っていく、継承していく役割として高齢者が存在しましたし、明治以降も地域社会の結びつきが密実であった時代は、自治会など地域の世話役やご意見番などとして高齢者の役割が存在していましたが、1970年頃になると核家族が当たり前のようになり、共同体はついに解体され、同時に地域社会も形骸化してしまいました。また、企業においても生産効率第一の都合から定年制により仕事役割を剥奪され、結果、家族・地域・企業のどこからも役割を期待されることのない高齢者が大量に発生するという状況になりました。

当然のように、生活できない、医療費もかかる、などから福祉政策を推し進めてきたわけですが、経済成長を前提とした福祉政策では破綻するのは当然ですし、何より福祉政策にぶら下がり遊んで暮らすだけの老人を再生産することになるという負の側面もあります。 人口予測によると、2050年には高齢者人口は約3000万人に増加し、3人に一人が高齢者、1.2人で一人の高齢者を支える社会に推移していくと予測されています。先進国で真っ先に迎える超高齢化社会という未知の世界は、もはや待ったなしの追求課題と言えます。

www.jja.or.jp_pdf_koureisya    孤独死新聞記事

 

◆高齢者の可能性

実は先に挙げた老人によるシェアハウスも、保育事業も、介護事業もすべては現実に存在し、高齢者は多方面で活躍しています。

そこで、このような先行事例を踏まえ今回提起しているのが、「老人共同体の事業化」です。 現在の高齢者問題は明治以降に進めてきた市場社会の結果生まれたものです。 市場からはみ出した、あるいは押し出された高齢者は、市場社会の観点から見ればたしかに厄介者ですが、私たち日本人が共通に心底にもつ集団性・共同性の観点から見れば、その体験者でもあり、まだまだ知恵や経験を若い世代に受け継いでもらわねばなりません。

3.11の東北大震災に見る統合者の無能状況、昨年の不正選挙に見る統合階級の暴走など、人類の誕生以降形成した共同体社会を解体してつくりあげた市場社会は明らかに行き詰まりを見せ、半ば秩序崩壊しているのが現状です。危機的な社会状況のなかで庶民は、もはやお上にまかせてはいられない、自分たちで考えて、生きていく基盤をつくっていかないといけない、そんな意識に変わりつつあります。このような状況では市場の外にいる高齢者こそが新たな社会関係を形成していける可能性を持っていると言えるのではないでしょうか。

 

◆今後の追求テーマ

およそ次のような内容を追求しながら記事化していく予定です。

■プロローグ(今回)・・・ 高齢者の置かれた状況と、可能性

■事例紹介・・・ 先行する高齢者が活躍する事例

■意識潮流・・・不整合な現実社会から、新たな社会の実現に向けて

■老人共同体の担う事業・・・需要、先行事例、可能性

■事業化に向けての課題・・・

組織統合、組織化、体制化、事業展開 共同体拠点としての共同生活の可能性、課題 老人共同体における男女の役割、可能性

■具体事業の提案

 

◆次回は、先行する高齢者の事業化事例を紹介するとともに、可能性基盤について探ります。

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