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2018年02月01日

和傘の構造に似る天皇制?

『移ろうままに』「落合莞爾史観(1)『日本教の聖者・西郷隆盛と天皇制社会主義』より」から転載する。

落合史観の根底にある「政体」と「國體」を理解しなければならない。国家と呼ばれる特定社会の統治権を掌握する政治機関、つまり「時の政府」が「政体」であるのに対し、その根底にあって、「国」という共同体そのもの、まるごとの在り様が「國體」である。

落合氏は「國體」と「政体」を和傘にたとえて説明している。

「わが列島社会は、太古から、キミ(君)—オミ(臣)—タミ(民)が垂直に階層をなす構造をタテとし、各種の職能を保有するカバネが並列にならふ構造をヨコとする格子構造を成してきました。

和傘を開いて見上げると、真ん中に「頭ロクロ』かあり、そこから放射状に広がる「親骨」に「平紙」が張られています。「親骨」の中ほどの「頭ロクロ」寄りに「中節」があり、ここと「手元ロクロ」を「小骨」が繋いでいます。広がった「平紙」が日本社会で、「中節」の外側がタミ、内側がオミです。頭ロクロはもちろん天皇です。雨を訪ぐ機能としてはここまでで充分で、これが日本の「政体」なのです。

ところが相傘の構造は立体的で、「頭ロクロ」から「平紙」に直交して下がる『柄竹(えだけ)」が『手元ロクロ」を貫いています。可動性の「手元ロクロ」を「柄竹」に添って上下すると、その動きが「小骨」から「中節」を中継して「親骨」に伝わり、「頭ロクロ」を軸として「平紙」が開閉するのです。

要するに、雨水を遮断する和傘の機能は、「親骨」に張られた「平紐」の平面的な広がりで得られるのですが、そのためには「柄竹」をしっかり握って「手元ロクロ」を上下に操作せねばならず、結局[柄竹」と「手元ロクロ」と「小骨」の立体構造(体)が和傘の機能(用)を発揮させているのです。

この「柄竹」が國體天皇、「手元ロクロ」が國體奉公衆の棟梁で、その動きを「小骨」の國體奉公衆たちが「親骨」すなわち政体オミ衆に伝えるのです。「平紙」はむろんタミ(人民)です。」

和傘の構造と日本社会.jpg

「職能を異にしたカバネ(族種集団)がそれぞれの特性を保持しながら、他のカバネと協業して社会活動を営む集合体の中心に天皇がおられる。これが列島社会の理想的な在り方で、これを「國體」と呼びます。」

「他文明・他地域は知らず日本列島においては、古来カバネ(職能族種)による分業・協業を根本的な社会体制とする社会思想が成立していますから、カバネのキミの命令とあらば、あたかも企業内の人事異動のごとく、タミの移住が円滑に行われてきたことです。この点が、人民の地域活動に関して日本社会が他国と著しく異なるところです。」

「國體を、「至上の政治・社会理念」と心得て、いかなる社会変動があろうとも絶対に護持しようとする考え方が國體思想です。
國體にとっての最大の危機は、何と言っても列島社会の分裂です。建国以来、孜孜として積み上げてきた國體天皇と先人の努力が大きく損なわれる国家分裂は、国難これに過ぎるものはありません。」

「日本では二千年も前から國體の理念を「天皇制社会主義」として、常にこれを護持してきたのです。
國體の理念と政体の都合とが矛盾することは、しばしばありました。いや、むしろ両者は常に矛盾をはらんでいるのです。なぜなら、和傘は開くことで役立ちますが、広げたときには強風に弱く、傘を守ろうとすれば、手元ロクロを下げて傘を閉じなければならぬ場合も訪れるからです。

一旦緩急のある場合は、「雨に濡れることを承知で傘を閉じる」のが國體側の役割ですか、その動きは、「降り往ぐ雨の下で機能を果たすために傘を開いておきたい」政体側から邪魔されるのか当然です。國體側は、その行動の理由を政体に説明しません。國體が危機に瀕した以上、情報を公開することは直ちに外敵を利するからです。國體側の把握する外敵の情況と、これに対する施策は「特定秘密」ですが、これを公開しないことから犠牲か生じます。もとよりそれを承知の國體側は、犠牲を「大義のため」として納得しているのです。
江戸幕末の大老井伊直弼・将軍徳川慶喜・京都守護職松平容保らはまさにその例で、西郷隆盛もこれに加えるべきでしょう。

國體と政体の関係は?
「落合莞爾史観(2)『京都皇統の解禁秘史 天皇とワンワールド(国際秘密勢力) 』より
」転載。

人類社会は、政体が本質的に有する危険性をあらかじめ防止するため、「社会の健全性維持を図る」職掌を必要とすることになり、これを担う族種が生まれます。本稿はこれを『國體勢力」といい、ときに「國體」と略します。

社会に隠れて実在する國體勢力に気付いた者が誰一人いないのは、國體勢力が自ら秘密性を厳重に保持してきたからです。つまり國體は、本質的に秘密勢力なのです。國體衆(構成員)が名士として社会の表面に出ることは避けられませんが、政体暴力装置の眼をくらますため、國體職掌とは見えない表看板を掲げるので、覚られることはありません。

ワンワールドとはここの國體勢力が特定の地域社会を超えて国際的に連合して形成した集団のことです。この集団は、自らの存在を意識的に隠蔽しているため、社会的に明確な実在感がありません。
自前で金儲けをする方法を先天的に心得ているのが國體勢力の國體たる所以なのです。社会構造を巨視的に見れば、政体は國體に食わせてもらっているのです。

國體活動の目的は、政体が表面的に支配する社会構造を、その裏側から秘かに維持することでもあるのです。近世中華国家の郷紳富商たちは、政体を秩序維持のための職掌とみなし、それがたとい清朝皇室愛新覚羅家であっても、「番犬」と呼ぴました。

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