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2018年02月15日

ベーシックインカムで男女関係も本源収束へと転換する

◆私権第一から、社会の役に立つ生き方への大転換
この大暴落を受けて世界的な大不況が訪れると、これまで信じてきたお金の意味を、人々はあらためて考え、やがては「脱私権」へと収束していく。国家は不況をうけて、所得導入制度(ベーシックインカム)へと踏み切る。これが脱私権と相まって、経済のシステムだけでなく、人々の労働観を大きく転換させていくことになる。

ベーシックインカム制度下にあれば、人々は多種多様な職業選択が可能となるだけでなく、自分の欠乏に応じたお金の使い方が可能になる。本源収束の意識潮流は、「役に立ちたい」という役割欠乏から能力欠乏を生起させる。それは手に職といった職能を超え、私権国家にかわる新たな社会の統合に必要な認識=新しい理論構築へと収束していくだろう。もちろん企業の良し悪しも、如何に社会に役に立っているか、というモノサシで皆が測ることになる。つまり、社会のあらゆる活動は「どれだけ皆の役に立っているか」が評価軸となっていく。(リンク

 

 

ベーシックインカムはすでに世界中で導入実験がされており、破局を契機に導入されることはほぼ規定路線となりつつある。
実際に導入されると、人々の労働観、価値観はどのように変わるだろうか?
働かなくても食っていけるわけだから、働かずに遊んで暮らす人ばかりになる、怠け者の国になる、、、
果たしてそうだろうか?
人間は共認存在である。
課題共認⇒役割共認⇒評価共認⇒共認充足。
集団の社会の課題を受け、役割を期待され、全うしていくなかで社会の評価軸が定まり、共認充足が得られていくもの。
自分ひとり好き勝手暮らすなかでは、決して共認充足など得られない。
制度導入直後は遊んで暮らす人も多かろうが、次第に「何か違う」「何か足りない」と思い始めるに違いない。
それが役割欠乏だ。
人間誰しも集団の、社会の期待を受けたいもの、役割を受けたいもの、期待と役割を受けて応えたいと思うものだ。
それが一番の活力源になるから、それが一番の存在理由になるからだ。
だから、何か社会の集団の「役に立ちたい」という役割欠乏が生起し、力を付けようと能力欠乏が生起する。
その先端は、新しい社会を牽引していく新観念の創造であり、理論構築であり、
そんな潮流の中で定まっていく評価軸は「どれだけ皆の社会の役に立っているか」であることは間違いない。

 

さて、そんな未来が到来するとなるとワクワクするが、
評価軸が「役に立っているかどうか」に定まっていけば、自ずと人物評価としても「追求力、人間力」へと定まっていく。
そんな状況においては、男女関係(男女間の評価)も自ずと変わっていくのではないだろうか。
ベーシックインカム導入時の議論をした先日の実現塾では、
「働かずに引きこもって暮らす」と答えた学生に、「そんな男は願い下げだ」と女性が答えたという。
至極、当たり前の判断だろうと思われる。
社会的な評価軸と同様に、女が男を選ぶ選択基準も変わっていくだろう。
お金が意味を持たなくなる時代、どれだけ社会のため皆のために役に立っているか追求しているかが問われる時代。
私権が衰弱し、先が見えずに男は自信喪失状態にあったが、照準が定まり、若い男から自信回復していくだろう。
これによって私権価値を背景にした自我の性関係も淘汰され、本源的な男女関係が再生されていくのではないか。

 

ベーシックインカムは私権社会と決別し、本源社会、共同体社会へと大転換していくチャンスになりそうだ!

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