RANKING
にほんブログ村 歴史ブログへ
NEW ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
    No Responses.

2018年10月02日

シャーマンとは何か?8~体外離脱とは、金縛り中に現れたリアルな五感を伴った幻覚(脳の錯覚)

シャーマンが観る超越的な世界と重なる、「脳が見る幻覚体験」を紹介する。
前回は、「楽しい体外離脱」の前半を要約し、その著者の体験「金縛り中に見えるもの、聞こえるものは全て幻覚」を紹介した。
今回は、「楽しい体外離脱」の後半を要約する。

体外離脱とは、金縛り中に現れたリアルな五感を伴った幻覚(脳の錯覚)であり、そのリアルな感覚が離脱体験者に「断じて夢や幻覚などではなかった」と言わせるほどのリアリティーをもたらしている。これが金縛りや体外離脱を何度も経験した著者の結論である。

●高校生になると金縛り中に、少しづつ身体が動くようになった。しかし、どんなに身体を動かしても、金縛りが解けた後は最初に寝ていた時の姿勢に戻っていた。どうやら動かしているのは現実のカラダではないようだった。

これは幽体離脱、つまり、肉体とはまた別の幽体が身体から抜け出す現象だと考えた。

最初は、この「幽体」はかろうじて動く程度で、少しでも気を抜くと現実の身体の姿勢に戻ったが、金縛り中に何十回と「幽体離脱」にチャレンジした結果、ついに全身を動かし、完全に「幽体」を現実の身体から離脱させることに成功した。

その体験は、見聞きする「幽体離脱」体験そのものであり、身体は宙に浮き、空中をすべるように移動し、扉や壁を身体ごと突き抜けることもできた。幽体・霊魂の存在を確信したが、その後何度も「幽体離脱」を経験するうちに、完全な間違いであることがわかった。

●何度も「幽体離脱」をしてわかったことは、離脱中に見えるモノ聞こえるモノは、実際の様子とは違うということだった。
たとえば離脱中に見た自室の本棚は、現実の本棚と本の配置が変わっていたり、実際には所有していない本まであった。
離脱中、自宅を離れ友人の家に行き、友人と会話を交わしたことも何度かあったが、後で友人に確認を取っても、出会った事を肯定されたことは一度たりともなかった。

このように、離脱中の体験は、宙に浮いた身体の感覚や手足を動かす感覚、モノに触った感覚がある以外は、金縛り中の「幻覚」体験とほとんど変わらなかった。
つまり、「幽体離脱」体験は、金縛り中の視覚の幻覚「幻視」と、聴覚の幻覚「幻聴」に、運動感覚や触覚の幻覚である「幻触」まで加わった、「幻覚」体験だったのだ。この「幻触」こそが、「幽体離脱」体験者に「断じて夢や幻覚などではなかった」と言わせるほど「幻覚」にリアリティーをもたらしている。
その後、味覚の幻覚「幻味」も体験したし、たった一度ではあるが嗅覚の幻覚である「幻嗅」も体験した。
すなわち「幽体離脱」体験とは、五感すべての感覚を伴う幻覚体験なのである。
金縛り中に現れたリアルな五感を伴った幻覚が「体外離脱」であり、体外離脱中の現実の身体でない身体のことを「幻体」と命名する。

なぜ金縛り中に「体外離脱」という特殊な「幻覚」が現れるのか?それは脳の錯覚である。
「金縛り」とは「身体は眠っているが、脳は起きている状態」だ。
脳は起きているので「身体を動かしたい」と思うことはできるが、身体が眠っているため、「身体を動かせ」という脳の命令が身体に伝わらないので、身体は動かない。

しかし、金縛り中は、脳は身体が眠っていることを認識できないらしい。
例えば「眼を開けろ」という命令は実行され、すでに眼は開かれていると錯覚してしまう。
眼を開けているという感覚は「脳」の錯覚なので、眼からは視覚情報が入ってこない。眼を開けているのに視覚情報が入ってこないのは、脳にとっては不測の事態である。そこで脳は、眼を開けていれば入ってくるはずの視覚情報を、「脳」が持っている記憶情報で代用したのだと考えられる。

視覚の記憶情報から作られた「幻視」同様、金縛りで動かない身体の代わりに、運動感覚や触覚の記憶情報から作られた感覚が「幻触」であり、「幻触」を持った幻覚のカラダが「幻体」なのである。

※「幻体」が持つ独特の浮遊感については、本来は骨と筋肉で受けとめなければ得られない地球の重力感を、「幻体」では再現できないのだと推測している。

>   List   

trackbacks

trackbackURL:

comment form
comment form
*