2017年03月02日
教育革命~地域産業と教育の一体化に可能性
>学校教育:男女共学か別学か~生産活動に根ざした教育機関であることが先(リンク)
「元来、教育は生産者を作り出すためにある。」
つまり、生産活動と切り離された教育では意味が無い、ということ。
「学校」のあり方、「学び方」を根本的に変えていかなくてはならない。
現状の学校(制度)は、無目的で現実と繋がらない勉強圧力ばかりで、子供たちの活力を下げるだけの害悪であり、そればか
りか思考停止人間を作り出す張本人である。だから、何の生産課題も無く、現実社会から切り離された無圧力空間たる学校教
育を、生産活動を軸とした教育機関に変えなければ、根本解決にはならない。
地域産業と教育の一体化が出来ないか、
そうすれば、教育改革も産業再生も地域活性化のもとに地域一体で取り組んでいける皆の課題となる。
行政と、生産者と、教育者と、子ども達(保護者)とがひとつになれば、何だって出来る気がする。
単に学校授業に職場体験を組み込んだだけでは、大きくは変わらないだろう。
単に学校で生産者が出張授業をしたところで、施設建設や単発のイベントを仕組んだところで、大きくは変わらないだろう。
地域産業には、その地域固有の歴史文脈があり、代々受け継がれてきた使命とともに歴史がある。
地域を守り、育てていくためには、歴史や人々の想いを時間をかけじっくりと教え、学び、血肉に染み込ませる必要がある。
地域のDNAを未来に脈々と受け継いでいくのは簡単ではないが、「ものづくり」とはそういうものだ。
新潟県燕三条の取組みを紹介する。
「ものづくりニッポン」という言葉をよく耳にする。
しかし、私たちは「ものづくり」の楽しさや大変さを、次の世代にどれだけ伝えられているのだろう。
そもそも、私たち自身は「ものづくり」をどれくらい知っているのだろうか。
例えば、毎日の食事で使われている包丁。
この包丁ひとつとっても、切れ味を出すためにどのような工程を経ているのかは、製造現場を見ないとわからない。
高度成長期以降、「燕三条」の大人ですらそうだった。
しかし、この地域では、約十年前から伝統継承の教育が始まった。
今、三条市内のすべての小中学校では、授業の中で和釘づくりや包丁研ぎなどを体験するまでになっている。
燕三条では、「ものづくり」を地域の文化と誇りとして子どもたちに伝承しようと、産業界とともに教育の仕組みづくりの努力を
続けてきた。燕三条が面白いのは、伝統継承についての問題意識をもつ大人たちが、「子どもが憧れる、ものづくりの現場」
を目指して改革に取り組んでいることだ。生きたキャリア教育を実現するためでもあり、職場そのものに魅力や将来性を感じ
てもらうためでもある。燕三条の産業とキャリア教育が一体になって起きたシフトには、日本の他地域がいかにして伝統文化
を継承していけばよいのか、そのヒントが隠されている。
燕市でも高度成長期以降は職人を目指す人が減り、後継者不足で廃業する工場も増えていった。
同時に宅地化が進み、工場は人々の視界に入らない工業団地などにどんどん移転していく。
そんな中、ものづくりのDNAを絶やさぬように、十年ほど前から小さな変化が始まった。
燕三条の学校教育に、地元の特色である「ものづくり」の現場を知ってもらう体験授業が組み込まれたのだ。
三条市では、子ども向けだけでなく、教員向けの教育プログラムにも力を入れている。
「三条学」講座と呼ばれ、三条市の教職員を対象に、彼らが三条の良さを子どもたちに伝えられるように、三条のヒトやモノ、
自然を知ってもらう内容になっている。「三条の子どもに教えるためには教師自身が三条のことを知らなくてはいけません。」
日本全国で見直されている「特色をもつ地域づくり」のヒントがここにあるのではないかと感じている。
大事なのは、自分たちの特色を発信することだ。地域の企業が行政と一体になり、自分たちの取り組みをオープン化して発信
することは、人に見てもらうために自らに磨きをかけて成長することにもつながる。そういう企業が集まると、産業全体もオープ
ン化して情報を発信することになるので、産業そのものが活気づく。
さらに、地域の特色を発信する相手を大人だけでなく、教育現場にも広げることで、子どもたちは自分たちのルーツに誇りを
もてるようになる。そうすることが、地域の未来には不可欠になってきているのだ。
参照:リンク
- posted by TOKIO at : 2017年03月02日 | コメント (0件)| トラックバック (0)