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2017年5月11日

2017年05月11日

仏教とシャーマニズム

「4)東北アジアの宗教の特殊性――古来からのシャーマニズム文化の存続」
「5)教理宗教下における“神秘主義”――「神・超越者との神秘的合一」を目指す組織宗教内の異端児」の要約。

古代インドの神秘主義――ウパニシャッド哲学思想
キリスト教・イスラム教といった一神教以外の宗教にも、神・超越者との合一を目指す神秘主義思想が存在する。2600年前に始まるインドのウパニシャッド哲学がその一つである。
ウパニシャッドでは、究極的な真理・神である「ブラフマン(大我)」と、個的存在としての人間の実体である「アートマン(小我)」が一体化するという「梵我一如の思想」を説く。それまでインドを支配してきたアーリア人の宗教(バラモン教)が、呪術性の強い祭儀主義・祭式万能主義的であったのに対し、ウパニシャッドは「神人合一」を目指す神秘主義思想を体系化した。バラモン教の祭祀によって神に救いを求めるのではなく、一人一人の人間が瞑想法などの宗教的な修行によって「世界の根本原理・神(ブラフマン)」と一体化して救いを得ようとする神秘主義を確立した。この思想が、その後のインド宗教思想を貫く一つの柱となる。

「ブラフマン(宇宙原理)」という絶対的存在との合一を目指すウパニシャッド神秘主義思想は、初めはタパスという難行・肉体行を修行法としたが、やがてヨーガ修行法(瞑想法・精神統一法)へと変化する。瞑想や精神統一という行を通して、神との合一という神秘体験に至れるとした。修行を通じた神人一体の神秘体験こそが、「悟り」であり「解脱」であるとされたが、一方で、瞑想以外の行法として、日常生活の道徳的行為(カルマ・ヨーガ)を重要視する立場も現れた。

ウパニシャッド思想は、ブラフマン・超越的存在者との合一体験を「悟り」であり「解脱」であるとする。このブラフマンを「法(ダルマ)」としたのがシャカであった。シャカは瞑想などの修行法を通して「法」と人間の一体化を目指し、その達成が「悟り」を得ること(覚者になること)であり、輪廻のサイクルから「解脱」することであるとした。「シャカ仏教」は、ウパニシャッド思想の延長上に位置する神秘主義宗教とも言える。

一神教の教理組織宗教では、ひたすら神を信じ、これにすがる中で救いを得ようとするが、ウパニシャッドや仏教は、信仰のあり方が根本的に違っている。修行に励んだ結果、自ら神(ブラフマン・根本原理)や法(ダルマ)と一体化する体験を通して悟り(解脱)を得て救われるとする。(*大乗仏教、特にその中の“浄土信仰”では、この大原則が根底から変化する)。

仏教の「密教」と神秘主義
仏教は神秘主義的な一面を持つが、同時に強力な思弁的・論理的・理知的な面も併せ持つ。実際、シャカの死後、弟子たちは複雑で難解な思弁の展開と精密な教理論争を行った。
一方で、仏教は知性重視の傾向を持ちつつも、見解の相違に対して比較的寛容であり、その多様性を認めてきた。キリスト教のように見解の相違を認めず、異端のレッテルを貼って迫害することはほとんどなかった。それは「密教」という強烈な神秘主義に対する姿勢にも現れている。キリスト教は神秘主義を「異端」として弾圧・排斥したが、仏教は「顕教(教理重視の方向性をとる立場)」と「密教(神秘主義)」と区分することで、神秘主義に顕教と対等な立場を与えてきた。

シャカ仏教の根本教義「法を悟ることによって成仏・解脱を目指す」。この成仏に至るプロセス自体が神秘主義的であるが、その神秘主義的側面を前面に押し出して、成仏(悟り・解脱)のための具体的な実践体系を整備し展開したのが「密教」である。「密教」という言葉には、他者にもらしてはならない秘密の教え・秘儀という意味が込められている。

5~6世紀頃、大乗仏教の一派が、ヒンドゥー教から呪術や儀礼などを取り入れて「タントリズム」という秘密仏教をつくったのが、インド密教の始まりとされる。この「タントリズム(秘密仏教)」は、仏教本来の思弁的傾向・自己修業的傾向に対し、反思弁性・反理性主義的方向性・反苦行的方向性を主張した。高度な思弁や困難な苦行の代わりに、図や像といった象徴を用いて「悟り(解脱)」が達成できるとした。

6~8世紀のインド密教が中国に伝えられて「中国密教」となり、9~11世紀のインド密教がチベットに伝えられて「チベット密教」が成立した。中国密教では、天台宗が神秘的合一性の経験を重視する瞑想修行を発展させ、そこから座禅修行を中心とする禅宗(禅仏教)が形成された。さらに日本では、中国に伝えられたインド密教を空海が学び、密教的修行によって「即身成仏」(*人間が肉身を持った現世において真理を体得し仏・覚者になること)が可能であるとする神秘主義思想を確立した。

インドにおけるタントリズムは中世には大きな思想運動になったが、それと同時期(7世紀)に、もう一つの大きな神秘主義的思想運動が発生した。それがバクティー運動である。バクティー運動は「神への献身愛(バクティー)」という宗教的情熱によって神との合一を目指す。忘我による神との一体化を目的とした熱狂的な神秘主義である。

仏教教理のシャーマニズム化――「シャーマニズム仏教」の成立
シャカ仏教の根本教義には、自己を超えた存在(真理)との合一を目指す方向性が示されていた。しかし仏教が伝播していく過程で、土着のシャーマニズムの影響を受けたり、シャーマニズムの要素を仏教内に取り入れたり、あるいは部分的に融合するなどして、自らの宗教的本質を変質させていく。
とりわけ、中国に入ってきた仏教は、根本教理それ自体を変質させ、シャーマニズム化していく。
仏教はもともと、生きている人間が悟りを得るための宗教であり、死者の救いを目的としたものではなかった。ところが仏教は、シャーマニズムの影響を受け、「死者のための宗教・死後の救いのための宗教」に変わった。仏教では、死者は四十九日を過ぎれば“輪廻転生”するとされるから、いつまでも死者を弔うことや、まして死者の霊魂を定期的に地上に呼び戻すことは認められない。しかし中国に入った仏教は、祖霊の招魂を中心とする「シャーマニズム仏教」に変身し、それがそのまま日本に伝来する。

その後、中国では“禅宗”のみが仏教として存続し他の宗派は消滅したが、日本では仏教は、死者の救いを重点とする宗教として現在まで存続してた。日本仏教においては、寺は魂の修行をする場所ではなく、死者を祀る場所になった。シャカが説いた仏教と日本仏教は宗教教義の内容が異なるものになった。

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